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【大阪・関西万博】を通して考える、新しい建築のあり方。永山祐子さんが手がけた「動く建築」とは

158の国と地域、7つの国際機関が参加する2025年大阪・関西万博が、人工島の夢洲を舞台に10月13日まで開催されている。1周約2kmの大屋根リングの中にひしめくさまざまなパビリオンは、展示内容に加えてダイナミックな建築も一見の価値がある。しかし、これまでの万博がそうであったように、すべてのパビリオンは閉幕後に解体され、跡形もなく消えてなくなる。一部例外はあるかもしれないが、会期終了後は会場を更地にして大阪市に返還する契約だ。

これまで万博のパビリオンに使われた多くの建材は、解体された後に廃棄の道をたどってきたが、SDGsの達成を全面的に打ち出している今回の万博では、移築やリユースに向けた取り組みが積極的に行われている。そんな中、パビリオンのリユースの先駆けとして注目されているのが、カルティエと内閣府、経済産業省、博覧会協会が共同で出展する「ウーマンズ パビリオン in collaboration with Cartier」(以下、ウーマンズ パビリオン)だ。万博における建築の意義や未来の建築のあり方について、設計を担当した永山祐子さんに話を聞いた。

建築家の永山祐子さん
建築家の永山祐子さん(Victor Picon ©︎Cartier)

ドバイから大阪へ。海を渡ってきた「ウーマンズ パビリオン」

女性の活躍やジェンダー平等をテーマに掲げるウーマンズ パビリオンは、前回のドバイ万博に続く2度目の出展。世界中の女性たちの体験や視点を共有する没入型の展示を通じて、誰もが生きやすい社会について考えるきっかけを提供する。

リード アーキテクトを務めた永山さんは、ドバイ万博で自身が設計した日本館のファサード構造を、大阪まで運んできてリユースするという画期的な試みを実現させた。連続したふたつの万博で同じ部材が転用された事例は、万博史上初とされている。「ウーマンズ パビリオンのコンテンツも建築も、ドバイからつなげていく。一回で終わるものではなく、継承されていくものを作りたかった」と永山さんは言う。

ドバイ万博日本館
ドバイ万博「日本館」の外観

ドバイ万博の日本館は、「組子ファサード」と呼ばれる立体格子で構成された。この幾何学的な構造体は、日本の麻の葉文様とアラブのアラベスク文様を組み合わせたデザインで、両国の文化的なつながりを表現したものだ。永山さんは、転用先が決まっていない初期の設計の段階から、すでにリユースを想定していたと明かす。

「組子ファサードには、ボールジョイントシステムという技術を採用しました。理由はふたつあって、ひとつは1970年の大阪万博(丹下健三氏の設計によるお祭り広場)から使われている、確立された施工技術であること。特別な職人技術を必要とせず、プラモデルのように組んでいけるので、誰が作っても精度を担保できます。そしてもうひとつは、解体後に違う形に組み替えてリユースできることです。新型コロナウイルスの影響により、私が現地に行くことができたのは開幕の1ヵ月前でした。そこで完成した建築を初めて見たとき、半年後には壊されてしまうのかと思うと、なんとしてもリユースしなければという思いが再び強く湧き上がってきました」

ドバイ万博日本館のファサード
ボールジョイントシステムを採用した組子ファサード

リユースにかかる費用は、万博日本館の建設予算には含まれていなかった。使われている部材は国の資産なので、まずはそれを競り落とすところから始まった。リユースを見越した解体や運搬、保管を誰に頼むのか。何も決まっていない状態から、協力者を自力で探し出す必要に迫られた。

「部材を廃棄するのではなく、次の大阪・関西万博につなげたいという熱意をお伝えしたところ、解体はドバイの日本館を作ってくださった建設会社の大林組さんに、運搬と保管は、中東に強いパイプをもつ総合物流会社の山九さんに協力していただけることになりました。両社がリユースの重要性に共感してくださったことは、私たちにとっては本当にラッキーでした。カルティエさんがその部材を使ったウーマンズ パビリオンの建設に共感してくださったことも含めて、人の思いがつないだ結果だと思っています」

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日本館の解体風景(©︎Takamitsu Miyagawa)

組子ファサードに使われているパーツには、スチール製のチューブとノード(結節点)、メッシュ状の膜材があり、全部で1万点以上におよぶ。ひとつひとつ手作業で丁寧に解体され、膜材は綺麗に洗浄され、コンテナ1個半に収められた部材は紆余曲折を経て、大阪港近くの倉庫へ運び込まれた。

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組子ファサードに使われているパーツ(©︎Takamitsu Miyagawa)

永山さんは今回のリユースにあたり、ファサードの部材を新たに作らないというルールを設けていた。ドバイの日本館は二等辺三角形の建物であったのに対し、大阪のウーマンズ パビリオンの敷地は幅18m、奥行き110mで、京町家のように細長い。同じ部材を使用しながら、まったく異なる敷地条件の中で設計していく必要があった。

「部材を移し替えるごとに専用ソフトで構造解析(シミュレーション)を行い、構造的に成立していることを確認しながら、根気強く再構成していきました。とても細かい移植検証作業で、これには約3ヵ月ほどかかりました」と永山さん。

大阪・関西万博、ウーマンズ パビリオンのエントランス
大阪・関西万博「ウーマンズ パビリオン」のエントランス(Victor Picon ©︎Cartier)

なんとか難題をクリアし、2023年10月23日に大林組の施工で着工した。施工時には、同社が開発したビジュアル工程管理システム「プロミエ」を活用。各部材に貼付された二次元コードをタブレット端末で読み取ると、どのパーツがどの部分に使われていたものかがひと目で分かり、施工の進捗を視覚的かつリアルタイムで把握できるようにした。そして2025年1月末、パビリオンはついに完成した。ドバイから大阪へ、建築が海を渡り、“動いて”きた瞬間だった。

展示内容と調和する、光と植物を取り入れた空間

大阪・関西万博「ウーマンズ パビリオン」の前庭
エントランスから水盤を渡ると、前庭が広がる(Victor Picon ©︎Cartier)

組子ファサードで覆われたウーマンズ パビリオンの前庭に足を踏み入れると、木漏れ日がやさしく差し込み、万博の喧騒を忘れるような内省的な空間に包まれる。ファサードの光と影が交差する中でみずみずしく輝くグリーンは、大阪を拠点とする造園家の荻野寿也さんによる植栽。大阪府内に生育する野草や山採りの木を中心に構成され、万博終了後には元の場所に戻される。

「ウーマンズ パビリオンでは、年齢も国籍も異なる3人の女性たちがそれぞれの人生を通じて語りかけるコンテンツが用意されています。来場者が展示内容にすっと入っていけるように、エントランスから中に入るまでのアプローチを豊かに設計しました。荻野さんの植栽も相まって、ドバイとはまったく違った表現ができたと思います」

大阪・関西万博「ウーマンズ パビリオン」の2階の中庭
植物に囲まれた2階の中庭(Victor Picon ©︎Cartier)

前庭以外にも、脇には通り庭が、2階には吹き抜けの中庭が設けられ、そのまわりを組子ファサードがやさしく包む。楕円形のトップライトからの光が、中庭を通じて1階の展示室の中に入り込み、建築と展示内容が一体となっているのも見どころだ。

「パビリオンのような施設の場合、映像や光の演出の都合上、閉ざされた箱のような建物を求められがちなのですが、ウーマンズ パビリオンのコンテンツのクリエーションとキュレーションを担当されたエズ・デヴリンさんは、展示と建築を切り離さずにつなぎたいという思いを強く持っていらっしゃる方でした。ふたりで話し合いながらデザインを進めていくことができたので、うまく融合できたんじゃないかと思っています」

ライトアップされた「ウーマンズ パビリオン」
ライトアップされた様子(Victor Picon ©Cartier)

今回リユースされた組子ファサードは、万博が終わって解体された後、いったいどうなるのか。「もちろん廃棄されることはありません」と永山さんは答える。2027年に横浜で開催される国際園芸博覧会で再びリユースされ、「動く建築」として、3度目の命が与えられるという。

「施設自体は今よりも大きなものになるので、また全然違った使い方を検討しているところです。素材の寿命はまだまだ尽きていません。この先も4度目、5度目と、さらなるリユースの可能性を模索していきます。どこまで使い続けられるのか、チャレンジングではありますが、博覧会のようなパブリックな場で多くの方に見ていただけたら嬉しいですね」

今までにない表現に成功した「ノモの国」

パナソニックグループのパビリオン「ノモの国」の外観
パナソニックグループのパビリオン「ノモの国」の外観(©︎OMOTE Nobutada)

永山さんは今回の大阪・関西万博で、パナソニックグループによる「ノモの国」の建築も手がけている。未来を象徴する子どもたちに向けたパビリオンであることから、変容し続ける子どもたちの姿を、ゆらぎのある有機的な建築で表現した。「ウーマンズ パビリオンが幾何学的な構造体であるのに対し、ノモの国では小さな細胞が寄せ集まってうごめいているような、自由な形状を模索しました」と永山さんは言う。

永山祐子さんが描いた「ノモの国」のスケッチ
©︎永山祐子建築設計

永山さんが描いたファーストスケッチと完成したパビリオンを見比べると、イメージが忠実に再現されていることがわかる。それはまるで、子どもが描いた絵がそのまま現実世界に飛び出してきたかのよう。夢は形になるということを、永山さんは建築を通じて子どもたちに伝えようとしている。

パナソニックグループのパビリオン「ノモの国」
バタフライモチーフを前後左右に接続することで、アーチ構造に(©︎OMOTE Nobutada)

夢を現実にするために、構造としてどのように解決するのか。最適解を見つけるのは困難を極めた。試行錯誤の末、バタフライと名付けられたユニットをスチールパイプで作り出し、前後左右に接続して石積みのように重ね、アーチ構造を作ることで成立させた。

バタフライモチーフには、金属のコーティングを施した薄いオーガンジーの膜が暖簾のように取り付けられ、風をいなすようにゆらめく。膜は見る角度によって色が変わり、幻想的な雰囲気を醸し出す。万博会場は海が近いため、風対策も重要な課題だった。風洞実験でさまざまなシチュエーションの風荷重を確認しながら、理想的な形状にたどり着いたという。

「ノモの国」の敷地内にあるハンモック
©︎OMOTE Nobutada

敷地内には、廃棄された漁網をアップサイクルしたハンモックが設置されている。これは永山さんが設計した「うみのハンモック」というシリーズの一部で、2022年に東京ミッドタウンで開かれたイベントのインスタレーションで初めて披露されたものだ。その後、ハンモックは日比谷公園や淡路島でもリユースされ、2025年10月13日までは、ノモの国と大阪府門真市にあるパナソニックのさくら広場でも展開されている。万博会期中も旅は続き、日比谷公園で使われたハンモックは、アートイベント「Osaka Art & Design 2025」の一環として、グラングリーン大阪 うめきた公園内に一部設置される予定だ(6月13日〜7月10日)。

ライトアップされた「ノモの国」の外観
©︎OMOTE Nobutada

小さな部材の集合体であるノモの国のファサードもまた、建材の運搬性が高く、万博終了後のリユースを検討しているという。期間限定で使われたものが、次の場所へ、そのまた次の場所へと広がり、循環を生み出している。

「万博のようなイベントは、私たち建築家にとっては新しい技術を試してみて、それが有効かどうか検証できる貴重な場です。建築そのものの作られ方や、その後の使われ方における新規性が、今後の建築のあり方への提案になればいいなと思っています。そして、建築を通じて世界の循環の中に存在していることを、多くの人と共有していきたい。その思いが、建築を作り続ける原動力になっています」

同じ部材を繰り返し使いながら、場所に合わせて最適な形へと変容させていく。永山さんは万博を通じて、新しいテンポラリー建築のあり方を社会に提示している。未来へつながる循環の象徴として、永山建築はこれからも動き続けていく。

永山祐子さんプロフィール画像
建築家永山祐子さん

昭和女子大学生活美学科卒業。青木淳建築計画事務所を経て、2002年に永山祐子建築設計を設立。2023年にグッドデザイン賞審査副委員長に就任。2025年に著書「永山祐子作品集 建築から物語を紡ぐ」を上梓。(Victor Picon © Cartier)

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