ユニクロとUNHCRが支援する【難民映画基金】プロジェクト。魅力ある映画で、難民問題への理解と関心を

難民支援活動を20年以上続けてきたユニクロが、新たに難民にまつわる映画の制作資金のサポートを行うことを発表した。これまで、世界の難民問題とどのように向き合ってきたのか。なぜ今、映画を通じた支援なのか。先日開かれた難民支援活動説明会の内容とともに紹介する。

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(左から)ファーストリテイリング取締役の柳井康治さん、国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)次期駐日代表の柏富美子さん、ロッテルダム国際映画祭マネージングディレクターのクレア・スチュワートさん、映画監督のハサン・カッタンさん

複雑化する世界の難民問題

国連難民高等弁務官事務所(以下、UNHCR)によると、迫害や紛争などで故郷を追われた人の数は、国内に逃れた人も含めて世界で1億2,210万人にのぼる(2025年4月時点)。この数は10年前からほぼ倍増しており、過去最高に。そのうち約4割が18歳未満の子どもだという。日本の人口にせまる数の人たちが、今もこの世界のどこかで、避難生活を強いられている。

ファーストリテイリング主催の難民支援活動説明会に登壇したUNHCR次期駐日代表の柏富美子さんは、「避難を余儀なくされた母国の状況の改善・解決が難しく、難民問題が長期化・多様化しています。受け入れ国や国際社会の支援も難しく、複雑な状況が続いています」と述べた。

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難民を生み出す人道危機は、世界各地で起きている。とりわけ緊急度が高く、多くの人が避難を強いられている地域は、スーダン、シリア、アフガニスタン、ウクライナ。避難生活が何十年も続いている人が大勢いるのが現状だ。

2025年3月に大地震に見舞われたミャンマーでも、長年続いている不安定な国内情勢により、約500万人の人たちが国内外に逃れている。そのうち約100万人が、世界最大規模といわれるバングラデシュ南東部のコックスバザール難民キャンプでの避難生活を余儀なくされている。

これからの難民支援は、行政、教育機関、市民社会、そして個人といった多様なアクターが連携する、社会全体でのアプローチが不可欠だと柏さんは強調する。「庇護を必要とする人が増加し続ける一方で、人道支援のリソースは10年前と変わらない水準にとどまり、支援の拡充が追いつかないという厳しい状況が続いています。難民や受け入れ国の負担を軽減するためにも、世界中の人びとの連帯と支援がこれまで以上に求められています」と訴えた。

難民をひとくくりにしない、ユニクロの多様な支援活動

ユニクロを有するファーストリテイリングは、UNHCRのグローバルパートナーとして、2006年から難民支援活動に取り組んできた。世界各地の難民キャンプなどへの衣料支援のほか、難民が生きる力を身につけるための自立支援や、避難先での暮らしを安定させるためのユニクロ店舗での雇用機会の提供など、支援のかたちは多岐にわたる。

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コックスバザールにある難民キャンプの縫製工場を訪問した、ファーストリテイリング取締役の柳井康治さん(写真左)

2022年からは、バングラデシュのコックスバザールにある難民キャンプで暮らす女性たちに、UNHCRを通じて縫製技術を教える活動を始めた。キャンプ内で必要とされるサニタリーナプキンやショーツなどを作る職業訓練で、トレーニングを受けた女性たちが有償ボランティアとして報酬を得られるようにしている。このプロジェクトは、単に女性たちに技術を提供するだけでなく、女性同士が悩みを話し合える貴重な場になっているという点においても、重要な役割を果たしている。

ファーストリテイリング取締役の柳井康治さんは、「継続的に技術を教えていくためには、現地に常駐して指導してくれる人が必要です。協力してくれるパートナーを見つけて、コックスバザール以外にも同様のプロジェクトを広げていきたい」と意気込んだ。

ケイト・ブランシェットさんらとともに「難民映画基金」を創設

2025年から新たな難民支援活動として始まったのが、「難民映画基金」プロジェクトへのサポートだ。難民映画基金は、迫害や紛争などによって避難を余儀なくされた映画制作者や、避難民としての経験を描いてきた実績ある映画制作者の活動を助成するために、UNHCR親善大使で俳優のケイト・ブランシェットさんの呼びかけにより設立された。

基金設立のきっかけは、2023年に開催された「グローバル難民フォーラム」。難民問題について話し合うべく、UNHCRとスイス政府の共催で、4年に一度ジュネーブで開かれている。そのフォーラム前夜の会食に、ケイト・ブランシェットさんをはじめ、ベトナムから難民としてアメリカに渡った俳優のキー・ホイ・クァンさん、民間企業の代表として参加したファーストリテイリングの柳井康治さんや、難民支援をしている企業のオーナーらが集い、映画の力で難民を支援したいという思いがまとまった。そこから、若手監督の登竜門として知られるオランダのロッテルダム国際映画祭のサポートを得られることが決まり、アイデアは急速に具現化。構想からわずか18ヵ月で基金の立ち上げが実現した。

2025年2月、ロッテルダム国際映画祭の会期中に、ケイト・ブランシェットさんが難民映画基金の設立を発表。同映画祭の基金であるヒューバート・バルス基金を運営パートナー、UNHCRを戦略パートナーとし、短編映画への助成制度のパイロット版としてスタートした。

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2025年5月にカンヌ国際映画祭で開催された、難民映画基金に関するパネルイベントの様子。(左から)支援を受ける映画監督のモ・ハラウェさん、ケイト・ブランシェットさん、支援を受ける映画監督のマリナ・エル・ゴルバチさん

ユニクロは難民映画基金の創設パートナーとして、10万ユーロ(約1,700万円)を拠出した。柳井さんは、支援を決めた理由について次のように述べている。

「ユニクロの難民支援の根本にあるのは、難民をひとくくりにしないこと。一人ひとりが尊厳を持った人間であり、やむを得ず故郷を離れた人たちであることを理解し、それぞれの未来につながる支援に努めてきました。難民をカギ括弧付きの扱いにしないという意味において、難民映画基金はこれまでのユニクロの取り組みと共通しています。難民を取り巻く状況は切迫していますが、日本ではまだまだ難民問題への関心が低いと感じています。一方で、魅力ある映画は国境や言語を超え、多くの人に届きます。難民に積極的な関心を持てなかった人も巻き込むことができるのが映画の力だと信じて、支援を決定しました」

ロッテルダム国際映画祭のマネージングディレクターであり、難民映画基金の活動をリードするクレア・スチュワートさんは、「この基金の目的は、避難を余儀なくされた人びとの物語を可視化し、メインストリームに押し上げることです。俳優のキー・ホイ・クァンさんもかつて難民だったように、俳優や映画制作者が難民になる場合もあります。しかし、避難したからといって彼らの情熱が失われるわけではありません。スキルのある人たちをサポートすることで、埋もれがちな声が多くの人に届き、難民問題への理解と関心が深まることを願っています」と語った。

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ロッテルダム国際映画祭マネージングディレクターのクレア・スチュワートさん

難民映画基金では、助成制度の第一歩として5人の映画制作者を選出し、1人あたり10万ユーロを支援する。それぞれが短編映画を制作し、その作品は2026年のロッテルダム国際映画祭でワールドプレミア上映される予定だ。

選出は、ケイト・ブランシェットさんが委員長を務める選考委員によって行われた。選考委員には、ナイジェリアにルーツを持つ女優のシンシア・エリヴォさんのほか、『娘は戦場で生まれた』(アカデミー賞長編ドキュメンタリー部門にノミネート)の監督でシリア出身のワアド・アル=カティーブさんや、アフガニスタン難民の青年を描いたアニメーション『FLEE』(アカデミー賞3部門にノミネート)の監督、ヨナス・ポヘール・ラスムセンさんなど、実際に強制移動を経験した人たちも名を連ねている。

支援を受ける映画制作者は、ウクライナ出身の映画監督、マリナ・エル・ゴルバチさん、ソマリア系オーストリア人の映画監督、モ・ハラウェさん、イラン出身でドイツへ逃れた映画監督モハマド・ラスロフさん、アフガニスタン出身の映画監督・脚本家・プロデューサーで、近年ドイツに避難したシャフルバヌ・サダトさん、そして、シリアからイギリスに亡命した映画監督ハサン・カッタンさん。5人とも、難民や避難民という境遇にありながら活動を続けてきた、才能と実績ある映画制作者たちだ。

映画をつくることは、生き抜くための道

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難民映画基金を通じて支援を受ける、映画監督のハサン・カッタンさん

今回来日したハサン・カッタンさんは、内戦の続くシリアで人命救助に奔走する人びとを描いたドキュメンタリー作品『アレッポ 最後の男たち』で共同監督を務めた。同作は第90回アカデミー賞候補にノミネートされ、サンダンス映画祭では審査員大賞を受賞している。映画制作への思いについて聞かれると、こう語った。

「私にとってドキュメンタリー映画をつくることは、危機的状況にある難民の物語を伝える唯一の方法であり、生き抜くための道でもあります。難民は、その数だけが伝えられがちですが、背後には一人ひとりの物語があります。世界の難民に何が起こっているのか、より多くの人に知ってもらうことで、『難民』に対する固定観念を変えていきたいのです」

カッタンさんは今回の支援を受け、『亡命者たちの連帯(仮題)』という短編ドキュメンタリーの制作を進めている。シリアからイギリスへの亡命申請という自身の体験を記録したものであり、カッタンさんと親友との絆を描いた物語でもある。

「内戦で厳しい状況が続く中、私たちは友情を築いてきました。やがて私はイギリスに亡命し、友人は祖国シリアに戻り、離ればなれになりました。これはパーソナルな物語であると同時に、多くの難民が直面する問題を浮き彫りにする普遍的な物語でもあります。強制移動を経験した人たちにとって、故郷とはどんな意味を持つのか、この作品を通じて伝えたいと思っています」


世界中の誰もが、故郷を追われる可能性がある。今「難民」とされている人びとは、住む場所を奪われた、ただ悲しいだけの人たちではない。彼らにも夢があり、情熱があり、それぞれに人生がある。一人ひとりは、誰とも変わらない存在であり、そこには多くの語られるべき物語がある。彼らがどのような問題に直面し、どのように苦難に立ち向かっているのか。映画が私たちに知るきっかけを与えてくれる。難民映画基金を通じて、素晴らしい作品が作られることに期待したい。