2026.02.28

難民たちの物語が世界をつなぐ。「難民映画基金」支援の作品が国際映画祭でプレミア上映

2026年1月30日 (現地時間)、オランダ・ロッテルダム国際映画祭で、「難民映画基金」が初めて助成した5本の短編作品がワールドプレミアを迎えた。難民支援活動を20年以上続けてきたユニクロがサポートする本基金のプレミア上映の様子を紹介する。

ユニクロが創設パートナーに。異例の速さで実現した難民映画基金

第55回ロッテルダム国際映画祭にて、難民映画基金が支援した5作品がワールドプレミア上映された様子

第55回ロッテルダム国際映画祭のワールドプレミア上映の様子

難民映画基金は、国連難民高等弁務官事務所(以下、UNHCR)親善大使であるケイト・ブランシェットさんが主導し、ロッテルダム映画祭のヒューバート・バルス基金と連携して運営される国際基金である。「Displacement(強制移動/避難)」を経験した、あるいはその経験を描く実績を持つ制作者に、短編映画制作のために1人当たり10万ユーロを支援し、ロッテルダム映画祭で作品のプレミア上映の機会を提供する。その目的は、避難を余儀なくされた映画制作者の創作を支え、映画を通じ、可視化されにくい声をメインストリームへと押し上げること。創設パートナーの一社として、難民支援活動を20年以上続けてきたユニクロも参画している。

2023年12月のUNHCRグローバル難民フォーラムでの対話から始まり、2025年のロッテルダム映画祭で創設が発表された難民映画基金は、わずか1年という速さでパイロット版として実現することになった。基金の支援を受けたのは、国際映画祭で評価を集める気鋭のフィルムメイカーたち。ウクライナ出身のマリナ・エル・ゴルバチさん、ソマリア系オーストリア人のモ・ハラウェさん、シリアからイギリスに亡命したハサン・カッタンさん、映画『聖なるイチジクの種』('24)で知られる、イランからドイツに亡命したモハマド・ラスロフさん、アフガニスタン出身でドイツに避難したシャフルバヌ・サダトさんの5名である。

ケイト・ブランシェットさん「Displacementの経験は単一ではない」

難民たちの物語が世界をつなぐ。「難民映画の画像_2

ケイト・ブランシェットさんと、基金の支援を受けた5人の映画制作者ら

ロッテルダム映画祭の会期中、移住をテーマに掲げたアートミュージアム「Fenix 」で開かれた難民映画基金の記者会見には、ブランシェットさん、ロッテルダム映画祭マネージングディレクターのクレア・スチュワートさん、ヒューバート・バルス基金のタマラ・タティシュヴィリさん、そして5人の監督が顔をそろえた。

ブランシェットさんはまず、「Displacementは、人間が直面する最大級の課題のひとつである」と述べた。「政治的な解決を待つ間に、避難を経験した人びとの物語や視点が、私たちのラインナップやスクリーンから脇に追いやられてしまう。その喪失はあまりにも大きい」と指摘した上で、難民映画基金の第2弾を実施することを喜びとともに発表した。

彼女が強調したのは、「Displacementの経験は単一ではない」ということ。共通するテーマはあっても、表現の仕方は全く違う。5本の短編をまとめて観ることで「その差異と多層性にハッとさせられる」と話した。さらに、「いまの世界は、真実というものから切り離されているようにも見えるけれど、本来、真実はさまざまな視点が交わることで立ち上がるものです。この場は、その多様なまなざしを受け止めるかたちになっている」と加えた。これから映画を観る観客に向けては、「魅惑的で、驚きがあり、鼓舞される物語に飛び込んでほしい」と呼びかけた。

5人5様の物語がひとつの束に

ロッテルダム国際映画祭で開かれた、難民映画基金の記者発表会で話すケイト・ブランシェットさん

プレミア上映後のレセプションで話すケイト・ブランシェットさん

監督たちの発言もまた、「Displacement」の多様性を浮き彫りにした。ラスロフさんは、母国イランの反体制デモ鎮圧における大量虐殺について、哀悼の意を表明しながらも、亡命者として新しい言語圏で制作することを「未知の領域」と語り、言葉を「理解する」ことと「感じる」ことの間に生まれるギャップについて触れた。ウクライナ出身のゴルバチさんは、戦争によって日常が変化し、撮影条件が表現を組み替えていく現実を述べた。ハラウェさんは、ソマリアで制作することが現地の乏しい映画インフラを内側から育てる手応えを語った。シリアから亡命したカッタンさんは、個人のアーカイブ映像を手繰って制作していくことが「癒しのプロセス」になったと振り返った。

ロッテルダム国際映画祭ワールドプレミアでスピーチをする、映画監督のシャフルバヌ・サダトさん

ワールドプレミアでスピーチをするシャフルバヌ・サダトさん

そしてサダトさんが語ったのが、「Double displacement(二重の追放)」のコンセプトである。両親がアフガニスタンからイランへ逃れた後に生まれた彼女は、イランでは「アフガン」として差別され、のちにアフガニスタンへ移ったら今度は「イラン人」と呼ばれるようになったという。どちらにも属せない感覚。それは国籍や文化だけの話ではなく、宗教的規範のもとで女性として見られる生きづらさや、それゆえ自分の身体さえ自分のものだと安心して感じられない経験とも結びついていると語った。帰属の感覚は単なる地理の問題ではなく、身体や社会、まなざしの総体であることをサダトさんのスピーチは示していた。

柳井康治さん「難民問題は誰かの問題ではなく、私たちの問題」

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(写真左から)シャフルバヌ・サダトさん、ハサン・カッタンさん、ファーストリテイリング取締役の柳井康治さん、マリナ・エル・ゴルバチさん、モ・ハラウェさん、モハマド・ラスロフさん

プレミア上映に出席した、ファーストリテイリング取締役の柳井康治さんに、基金の発想の原点について訊ねた。グローバル難民フォーラムで出会い、本基金の立ち上げに携わることになったメンバーの間で共通していたのは、「難民の話題は、暗い・辛い・怖い・寂しいといった胸を締めつけられる側面だけで語られがち」ということへの違和感だった。

「難民であっても、冗談を言いますし、笑いますし、才能がある人もたくさんいる。だから、悲劇に閉じ込めるのではなく、明るい話題として取り上げられる取り組みができたら、という共通認識がありました。姉御肌のケイトさんが引っ張ってくれて、みんなの思いをかたちにしていきました」

5本の短編作品を束として観る意義についてはこう語る。「テーマは同じなのに、こんなに多種多様な表現があるんだなと。監督自身のよりパーソナルな部分が映像に表れていて、エネルギーとして伝わる感じがありました。1本ずつでも成立するものですが、まとめて観ると、難民という状況だからこその違いもあるし、家庭の悩みや社会への苛立ちといったどこにでもある人間の共通した部分も見えてくると思います」

また、「支援」であっても上下関係が生じかねないことを踏まえ、その点には常に慎重でありたいと柳井さんは言う。「こちらが場所を準備するから、そこに作り手の思いを乗せてほしい」という気持ちで参画している。「難民問題は誰かの問題ではなく、自分も含めた私たちの問題。他人事ではなく、一緒に頑張ろう、という姿勢で関わりたい」と続けた。

作り手と観客をつなぐ、プレミア上映の夜

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ワールドプレミアの夜、会場を包んだのは温かな「称賛」の空気だった。拍手は長く続き、監督たちは立ち上がり、互いに鼓舞し合っていた。

ブランシェットさんは上映後、5本の短編への思いを語った。「信じられないほど短期間で作品となった複雑な物語。そこには情熱があり、物語が作り手の中でどれほど溜まっていたかが表れている」と。さらに、通常の環境でも映画制作は困難であるにもかかわらず、育った文化圏の外、なじみのある制作環境の外にいながら、パーソナルな作品を難民映画基金に託した彼らに敬意を表し、スクリーンで物語を共有することの意味について触れた。「彼らは地理的・文化的な追放が精神に何をもたらすかを知っている。私たちは皆、人間性から追放される危険にさらされている。映画は私たちを再びつなぎ直す」と語った。

難民映画基金は、助成金の仕組みであると同時に、物語を持つ作り手と物語を求める観客が出会う場でもある。ブランシェットさんが会見で「勇気ある配給者が必要だ」と語ったように、今後の課題は、届ける段階へと移行していく。「難民」という言葉が、遠い世界の重たいニュースのような記号になっていたとしたら、その距離を映画は確実に縮めてくれる。ロッテルダムでの上映は、こうした映画を求める観客の声を示すものとなった。