その後、デザイナーの石橋真一郎さんとの出会いをきっかけに、2016年春夏シーズンよりKUONをスタート。大槌刺し子はブランドパートナーとして、設立当初から刺し子を施した生地を提供してきた。「大槌刺し子は、被災した方々の自立を後押ししたいという思いから始まった復興応援プロジェクトでしたが、今は『支援』だとは思っていません。刺し子さんたちは対等なパートナーであり、KUONのクリエーションに欠かせない存在です」と藤原さんは言う。

KUONの「BOROジャケット」¥1,100,000
KUONを象徴するプロダクトのひとつに「BOROジャケット」がある。江戸時代以前から東北・北陸地方で防寒具として使われてきた「襤褸(ぼろ)」と呼ばれる古い布を、大槌刺し子がパッチワークで補修し、石橋さんのデザインによってテーラードジャケットへアップサイクルしたものだ。

全面に刺し子を施したKUONのキャップ各¥23,100
ジャケットのほかにもTシャツやキャップなど幅広いアイテムを展開しているBOROシリーズは、国内のみならず海外でも高く評価され、藤原さんは確かな手応えを感じていた。
2018年には、世界を舞台に活躍する可能性を秘めた東京のブランドを選出する「TOKYO FASHION AWARD」を受賞し、東京ファッションウィークでブランド初のランウェイショーを開催。2020年からはNYファッションウィークの公式スケジュール内でコレクションを発表するなど、着実に成果をあげてきた。
2024年、「サシコギャルズ」始動

サシコギャルズのメンバーと代表の藤原新さん
一方、大槌刺し子の仕事は年々減少し、存続の危機にあった。年月が経つとともに復興支援の文脈での発注は減り、そこにコロナ禍が追い討ちをかけた。企業からの依頼も全盛期と比べると激減。KUONの仕事は続いていたものの、それだけでは大槌刺し子の事業は成り立たなくなっていた。職人の高齢化や、若い世代が町を離れたことによる後継者不足も深刻だった。
そんな状況とは裏腹に、刺し子に可能性を感じていた藤原さんは、やり方を変えれば需要は増えると確信していた。刺し子の技術を途絶えさせないためにも、藤原さんは大槌刺し子の運営に携わることを決意する。震災から13年目の2024年3月11日、大槌刺し子から「サシコギャルズ」へと名を改め、再スタートを切った。
ネーミングの由来について、藤原さんはこう話す。「職人のみなさんが事務所に集まると、持ち寄ったお菓子を食べながら世間話で盛り上がるんです。明るく賑やかな様子が放課後の女子高生みたいだなと思ったので、『ギャルズ』と命名しました。また、刺し子は大槌だけのものではないので、応援の幅を広げるためにも地域を限定しない名前に変えました。大槌以外の人もサシコギャルズに参加できるように、全国各地での展開を視野に入れています」
伝統を進化させる、刺し子のカスタムサービス
これまでの発注者と請負の関係ではなく、サシコギャルズはKUONの刺しゅう職人として制作に取り組むようになった。そして、サシコギャルズの名前を世界に知らしめるきっかけとなったのが、新たに始めたスニーカーのカスタムサービスだ。
顧客から預かった私物のスニーカーに古布をあて、アッパーからソールにまで職人の自由な感性で刺し子を施し、何十時間もかけて一点ものに仕上げていく。熟練の技術とセンスを誇る刺し子スニーカーは、瞬く間に世界中から反響を呼び、歌手のジャスティン・ティンバーレイクさんからオーダーが舞い込むまでになった。

シーピーカンパニーとのコラボレーションによる刺し子のジャケット(完売)
刺し子のカスタムサービスを通じて、さまざまなブランドとのコラボレーションも積極的に行っている。ザ・コンランショップの日本上陸30周年を記念したプロジェクトでは、サシコギャルズが刺し子を加えた名作ソファやチェアが販売された。ほかにも、ザ・ノース・フェイスやシーピーカンパニー、ニューバランスなど、人気ブランドからの協業オファーが絶えない。どれも高単価ながら、出せば即完売するほどの人気ぶりだ。直近では、ニューエラとのコラボレーションキャップの発売を3月20日に控えている。
「伝統的な刺し子は藍色の布に白い糸で刺しゅうするものですが、サシコギャルズは何色もの糸を使ったカラフルでポップなデザインが特徴です。従来の刺し子にはない挑戦をすることで、400年以上前から続く伝統を進化させていきたい」と藤原さんは意気込む。
地方創生を目指し、若手の人材育成も

岩手県立釜石商工高等学校での刺し子の技術指導の様子
スタート当初、サシコギャルズのメンバーは大槌町に暮らす15名だったが、2年目となる現在は東京や大阪にも広がり、約30名に倍増した。利益も黒字見込みで、ビジネスとして順調に成長している。しかし、ほぼすべての工程を手作業で時間をかけて行うため、需要にまったく追いつけていない状態だという。
「刺し子の文化をより多くの人に伝えていくためには、担い手の育成が最重要課題です。サシコギャルズでは、岩手県の釜石商工高校で刺し子の技術指導を行ってきました。地元の若者たちが将来的に職人として活躍できるような経験を提供し、刺し子による雇用を生むことで、地域に産業を根付かせたいと考えています。そのためにも、今年からは人材育成プログラムに本格的に取り組んでいくつもりです」
サシコギャルズが目指すのは、刺し子の可能性を広げること。彼らが見据えているのは、復興のその先を示すことだ。「刺し子は針と糸があればどこでもできるので、全国各地で地場産業にできる可能性を秘めています。この先どこかで災害が起きたとき、職を失った人たちに対して付加価値の高い仕事を提供できる好事例になるんじゃないかと考えています。サシコギャルズを通じて、多くの方々に刺し子の魅力を知っていただき、刺し子の文化を伝えていきたいと思っています」
15年前、震災で住む場所も仕事も奪われた人たちが再び前を向いて歩いていくきっかけとなった大槌刺し子は、存続の危機を乗り越え、サシコギャルズとして世界的に評価される存在となった。日本が誇る刺し子の技術をこの先も継承しながら、世界のサシコとして進化させていく。ギャルズのひと針ひと針には、手仕事のぬくもりと未来への希望が込められている。