2023年10月7日、ハマスが主導するガザの戦闘部隊が、イスラエルに対して奇襲攻撃を仕掛けた。その報復を理由に、イスラエルのガザ侵攻はますます激化の一途を辿り、多くの民間人が犠牲になっている。非対称的な暴力を、世界はなぜすぐに止められないのか。この問題は今突然起きたことではなく、ガザが"天井のない監獄"として封鎖され16年以上になる。恒久的な平和と人権の尊重のため、私たちはイスラエル、そしてパレスチナの歴史を知り、学び続け、そして声を上げたい
Part1. 私たちが正しく"問う"ために【岡 真理さんインタビュー】
"イスラエル・パレスチナ間の報復の連鎖"という表現は、問題の本質を覆い隠す。その根幹をきちんと認識し、人間が自由と尊厳を持って生きる世界を目指す
1960年生まれ。早稲田大学文学学術院教授。専門はアラブ文学。著書に『ガザに地下鉄が走る日』(みすず書房、2018年)ほか。ガザに関する朗読劇を上演する「国境なき朗読者たち」も主宰。
問題の根源にあるのはイスラエルとは何かという問い
――昨年10月7日にハマスによる攻撃が報じられたとき、どんな感情を抱きましたか?
「今回の出来事を私は、パレスチナの情報サイトで、奇襲攻撃をかけた側の動画を見て知ったんです。ガザは16年以上にわたり完全封鎖され、世界最大の野外監獄と呼ばれていますが、ガザを囲むフェンスをバイクが突き破ったあと、開いた穴から市民が踊りながら出ていく映像でした。そもそもイスラエルが占領を続けていることは国連安保理決議違反で、完全封鎖することも国際法違反。そんな状況にあったガザの人々が自らの力で監獄の壁を破り、全身で喜びを表す様子を見て、すごいことが起きたと思いました。でもイスラエル政府はただではおかない、これまでと比較にならない数の人が殺されるだろうという予感もありました」
――実際に多くの人命が失われています。
「封鎖下のガザに対する攻撃はこれが5回目ですが、今回は始まって間もなく、今起きているのはジェノサイドでありホロコーストだと思いました。第二次世界大戦後の世界はジェノサイドを二度と起こさないという前提のもとに構築されたはずなのに、世界が注視している中でそれが起きていて、どんどんエスカレートしていることが信じられません」
――岡さんは、「問題の根源は〝ハマスとは何か〟ではなく、〝イスラエルとは何か〟という問いにある」とおっしゃっていますね。
「欧米のメディアも日本のメディアも、当初はイスラエル側の主張をそのまま流している感じでした。ハマスが残忍なテロを行い、これはテロリストに対するイスラエルの自衛の戦争なのだと。イスラエル政府がやっていることがあまりにもひどいので、自衛の戦いにしてもやりすぎではないかと論調が変化しましたが、〝やりすぎでは〟という形で批判しても問題の本質は見えません。
国内外の中東研究の学界においては、イスラエルは〝入植者植民地国家〟で、ヨーロッパからの入植者が先住の者を駆逐することによって自分たちの国を造ったという歴史的事実が、認識されています。植民地主義的な侵略によって生まれた国ということです。アメリカもそうですし、典型的なのは白人国家だった頃の南アフリカです。イスラエルは1948年に建国されましたが、そこには100万人以上のパレスチナ人が暮らしていました。自分たちの国を造るとなると、当然彼らを排除しなければいけない。だから民族浄化が起きます。イスラエルは75万人以上のパレスチナ人を民族浄化することで造られたんです」
人間なら誰もが抑圧からの解放を求めるもの
――その後、第三次中東戦争でさらに占領され、今は、パレスチナ自治区と呼ばれるガザとヨルダン川西岸地区を含めて、全土がイスラエルの占領下にありますね。
「国際的人権機関アムネスティ・インターナショナルは、イスラエルの支配下にある地域はアパルトヘイト状態にあると非難する報告書を、一昨年発表しました。イスラエルは『ユダヤ国家』なのでイスラエルに留まったパレスチナ人は二級市民として差別され、常に彼らを領内から追放することが議論されています。そしてガザと西岸の人々にも人権はなく、パレスチナ人は抵抗をする。抑圧からの解放と自由と尊厳を求めるのは、人間であれば当然ですから。でもイスラエル政府に徹底的に抑圧され、国際社会は何もしない。そんな中でインティファーダが起きました」
――インティファーダは、ガザと西岸のパレスチナ人による、イスラエルの占領に対する一斉蜂起ですね。
「’87 年に始まった最初のインティファーダのときに、イスラム主義を掲げる民族解放組織ハマスが結成されました。占領下・植民地支配下にある人が抵抗するのは正当な権利の行使として、武力闘争も含めて国際法で認められていますし、占領がなければハマスもないわけです。今回の奇襲攻撃でハマス側にも戦争犯罪はありましたが、イスラエル政府がハマスをテロと呼ぶのは、彼らが武力闘争を行うからではありません。非暴力であっても、パレスチナが占領からの解放を求める行為はすべてテロリズムと見なされているんです」
――岡さんは実際にガザを訪れていますが、どんな場所でしたか?
「エジプトに留学していた80年代に長距離バスでカイロからテルアビブに向かう道中にガザを通りました。時間をかけて訪れたのは2014年。イスラエルによる攻撃で破壊された建物がまだ残っていました。でもパレスチナ人は客人を歓待することを一番の美徳と捉えているので、封鎖下で経済的に困っているはずなのに歓待してくれましたし、ガザは本当に美しい場所でしたよ。地中海に面して40キロの海岸線が続き、農業も盛んでした。北部のベイトラヒヤはイチゴの里と呼ばれているほどイチゴ栽培で有名。EU市場で最高級品とされる大粒で甘いイチゴをいただきました。
しかし封鎖のため海外に出荷できず、地元で消費するしかない。封鎖前は切り花も輸出していましたし、柑橘系の果物の栽培も盛んでしたが、農地はイスラエルとの境界領域にあってパレスチナ人の立ち入りが禁じられているため、農地も使えない。そして基幹産業は漁業なのに、沖合に出漁するとイスラエルの哨戒挺に銃撃されたりするために漁もできない。ガザの人たちはすごく勤勉ですから、封鎖や占領さえなければ豊かに発展できるのに」
人生を決定づけた、魂に訴えかける文学の力
――それから約10年がたち、問題の解決は遠のくばかりです。未来に希望を見出すことは可能なのでしょうか?
「イスラエル政府の意図は明らかです。建国の時点でパレスチナ人を全員民族浄化してユダヤ人だけの国家を造りたかったものの、それがかなわなかった。ガザを拠点とするハマスは、主権を持ったパレスチナ国家の独立や難民の帰還など、国際社会が認めているパレスチナ人の民族的権利の実現を求めていて、それを諦めない。ガザの人々も諦めていません。だからイスラエル政府はガザを封鎖し、これまでも空爆を行なってきました。この機会に彼らを一掃しようと市街地や病院などの社会的インフラを破壊し、戦闘が終わっても暮らせない状況を作っていて、恒久的停戦が実現しない限りその計画が進行する。
ではどこに希望があるのか? やはり、世界中で多くの人がこのジェノサイドに対して声を上げていることにあります。欧米では反ユダヤ主義だと糾弾されたりする中、10万人を超える人々がデモに参加しています。最終的には私たちが持つヒューマニティこそが希望なのだと思います。日本でも抗議活動は行われていますが、海外に比べて声を上げている人が非常に少ないですね」
――10月に早稲田大学で開かれた『ガザを知る緊急セミナー』では、「何よりも必要とされているのは文学の言葉」と話していらっしゃいました。この発言が意味するところは?
「テレビなどでガザとイスラエルを巡るいろんな言説が語られていますが、そこで使われているのは政治的な言葉、もしくはジャーナリズムの言葉です。それらは情報であり脳で機械的に処理するもの。これに対して文学や映画や演劇といったアートの言葉は、人間の魂に訴えかけます。だから感動する。それが必要だと思うんです。しかもアートのすごさは、地球上のどこで誰の身に起きていることだろうと関係なく、人間としてそれに共感できることにあります。私自身、大学1年生のときにパレスチナ人作家、ガッサーン・カナファーニーの作品を読んでパレスチナ問題やパレスチナ難民と出会ったことが、その後の人生を決定づけた。新聞で同じことに触れたとしても人生を左右したかは疑問です。それはあくまで情報ですから。でも小説ならそういう力を持ち得る。それが文学の力です」
アクションを起こす
「不正な現実は行動でしか変えられませんし、今は人間として一人ひとりが歴史の審判に耐え得る行動をとったかどうか試される状況にあると思います。だからまずは知る努力をし、その上で行動する。抗議デモに参加するのでも、起きていることを知らせるのでも、日本政府の対応を変えさせるために圧力をかけるのでもいい。このアパルトヘイトが完全に終わるまで声を上げ続けなければなりません」
正しい情報を得ること
「私はもっぱら英語のパレスチナの情報サイトや、反シオニストのユダヤ人が運営するサイトから情報を収集しています。たとえば"Mondoweiss""The Electroni c Intifada""The Palestine Chronicle"といったサイト、SNSなどでもこうした情報が出回っているので、探してみてください。フェイクの情報も多数流れていますから、だまされないよう問題に対する正しい認識を持つことが必要です」
Part2. ジョーダン・ナサー、パレスチナに抱く思い
ニューヨークを拠点に、自身のルーツを反映した刺しゅう作品を制作するジョーダン。表現を通して伝えてきたこと、そして今思うこと
Part3. 行動する三人の想いを聞く
関わりも立場も異なれど、平和を望む心は同じ。三人のストーリーとアプローチに耳を傾けたい









