4人の視点から見る、ドキュメンタリーの可能性

ドキュメンタリーとひと口に言っても、そこにはさまざまなかたちや捉え方がある。ドキュメンタリーに関わる人たちに、それぞれが考える魅力を聞いてみた

ドキュメンタリーとひと口に言っても、そこにはさまざまなかたちや捉え方がある。ドキュメンタリーに関わる人たちに、それぞれが考える魅力を聞いてみた

衝撃を与え、感動を呼び、覚醒させる。優れたドキュメンタリーにはその力がある

伴野 智さん 「アジアンドキュメンタリーズ」代表

伴野 智さん 「アジアンドキュメンタリーズ」代表
 

動画配信サービス「アジアンドキュメンタリーズ」の代表として、社会問題に鋭く斬り込む作品を配信。宇多丸との共著に『ドキュメンタリーで知るせかい』(リトル・モア)がある。

ドキュメンタリーというのは、社会をジャッジするもの

映像制作会社で20年以上、映画やドラマ、CMなど、多岐にわたるジャンルに携わってきた伴野智さんは、40代を迎えた頃、観客動員数や視聴率ばかりが注目され、取り上げられる状況に疑問を感じるようになった。

「稼げるものがいいんだという考えが主流で、観終わってその人たちがどう思ったのか、その後社会はどう変わっていったのか、といったところまで考えることはほとんどありませんでした。でも、それだと満たされないことに気づき、もしかしたら映像で社会を変えられるかもしれないと考えて、その力を持っているのがドキュメンタリーだと思ったんです」

2018年、伴野さんはアジアの社会派作品に特化した配信プラットフォーム「アジアンドキュメンタリーズ」を立ち上げる。そこには、欧米中心の視点ではなく、日本人として主体的にアジアの現実を見つめ、伝える場所をつくりたいという強い思いがあった。

「アジアの人たちがいっぱい日本に来ているにもかかわらず、その人たちがどういう文化で、どういう価値観で、何を求めて仕事をしているのか、といったことを私たちは知らなすぎます。だからといって、知ろうと思っても知る場所がないわけです。中国で今どんなことが起きているのか、インドはどういう国なのか。アジアをもっと知る、学ぶ、考えるための場所をつくりたいと思ったのがきっかけでした」

「アジアンドキュメンタリーズ」では、ジャンルやテーマごとに特集を組み、関連する作品を複数本まとめて紹介する特集編成を行なっている。作品を選ぶにあたって、伴野さんがこだわるのが「衝撃・感動・覚醒」の3つだ。

「優れたドキュメンタリーは驚くほどの衝撃や深い感動を与えてくれますし、それによって今まで築き上げた価値観が壊れてしまうこともあります。確かに衝撃という点に関しては、今やSNSにその種の映像はあふれ返っています。ただ、それらは刺激的ではあっても、考えることにはつながっていません。ひたすら消費され、流れていくだけです。テレビをはじめ、今は多くの映像が考えさせないようにつくられていると思います。たとえば、アスリートが自らの壁を乗り越え、新たな世界に挑戦していく姿を観て、視聴者は自分も一緒になって頑張っているような気分になるけれど、それが社会の課題解決になっているかというと、そこまでには至っていない。でも、本当の意味でのドキュメンタリーというのは、社会をジャッジするものであって、『この社会はこれでいいのか?』と問いかけることで、観た人に何かを考えてもらうものだと思うんです」

衝撃的な事実と出合い、心を揺さぶられ、自分だったらこうすると考えることで新しい何かが生まれ、やがて自らの生き方を問い直すきっかけにもなる。そこにドキュメンタリーの持つ可能性があると伴野さんは話す。

「もちろん、何を感じ、どう考えるかは人それぞれです。だからこそ、ひとりで観るだけでなく、みんなで観て、意見を交わすことが面白い。私たちも社内にサロンをつくって、定期的に鑑賞会を開いています。同じ作品を観ても、経験や視点によって受け取り方はまったく違うし、その違いを知ることで理解はさらに深まり、新たな発見や気づきにつながります。観たら誰かと語り合いたくなる。そういう力も優れたドキュメンタリーにはあると思います」

だが、ドキュメンタリーの力を信じる一方で、近年のテクノロジーの進化、特にAIの台頭はドキュメンタリーの世界にも影響が及ぶのではないかと危惧する。

「撮りたいものを撮るってものすごく大変なことで、何年もかけて現場に通い詰めてようやく撮れたりするわけです。そうやって苦労して撮った映像でも、AIでつくったほうが衝撃的となれば観てもらえないことだってあり得る。そうなったときに重要になるのは、やはりつくり手の存在です。この人がなぜこれを撮ろうとしたのか、どんな思いで被写体と向き合ったのか。監督自らが作品の背景を語り、その情熱や意義を含めて観る人に受け取ってもらう。より人に寄っていくことが、これからのドキュメンタリーが進んでいくひとつの道なのかなと思います」

『結婚しない、できない私』
『結婚しない、できない私』

アジアンドキュメンタリーズにて配信中
伴野さんがおすすめするのは、婚活に奔走する女性と家族の本音を赤裸々に綴った中国のドキュメンタリー映画。「現代女性が直面する結婚は、誰のために? 何のためにするのか? という問いを投げかけた作品です。とても面白いし、共感できると思います」

"今"を淡々と記録する。それが結果的に"時代"のアーカイブになる

岡部綾子さん NHK「ドキュメント72時間」チーフ・プロデューサー

岡部綾子さん NHK「ドキュメント72時間」チーフ・プロデューサー

NHK入局後、「ファミリーヒストリー」や「プロフェッショナル 仕事の流儀」などのディレクターを経て、「ドキュメント72時間」班デスクに。2025年よりチーフ・プロデューサー就任。

その時間にその場所でその人に出会ったことの意味

NHKで放送されている「ドキュメント72時間」。毎回ひとつの現場にカメラを据え、そこで起きるさまざまな人間模様を72時間にわたって定点観測するドキュメンタリー番組だ。2005年にパイロット版が放送され、その後レギュラー放送となって10年以上。その人気は世代を超えて広がり、熱心なファンも多い。では、なぜ「ドキュメント72時間」はこんなにも支持されるのか。番組を手がけるチーフ・プロデューサーの岡部綾子さんはその理由をこう語る。

「ありがたいことに、番組としても広く知られるようになり、若い世代も含めて観てくださる方が増えてきたのを制作現場でも実感しています。支持されている理由について思うのは、たとえば今日、駅ですれ違った人にもそれぞれ生活があって、人生があるわけですが、普段の暮らしの中で、見知らぬ人の話を聞く機会はそうそうありません。でも、この番組を通して、同じ時代を生きる人々の言葉に耳を傾けてみたら、意外な話や共感できる想いに出会い、心動かされることがある。そこが面白いと感じていただける理由なのかなと思っています」

大きなことを成し遂げた著名人の話ではなく、その日その場所で偶然出会った市井の人々の声を聞く。当然、想定通りの話が聞けるとは限らない。だからこそ、そこにリアルな人生の機微が表れる。

「全部がいい話である必要はまったくなくて、笑ったり泣いたり複雑な感情になったり、いろいろな彩りがあることがいちばん大事。誰かの言ったひと言がすごく心に残ることもあれば、自分とは違う生き方に驚くこともある。人によってさまざまな捉え方ができるほうが豊かだと思うんです」

番組をつくるうえで、必ず守っている3つのルールがあるという。それは「偶然の出会いで勝負すること」「時系列を崩さないこと」「72時間で撮影を終了すること」。

「番組の構成的には、『この人に先に出会えていたら、より場所の持つ意味が伝わったかもしれない』とか、『あと1時間あったら、さらに面白い人に出会えるかもしれない』と感じることはあります。でも、制作チームが3日間その現場で見聞きしたことや、出会った人の流れが番組のすべてです。ストーリーを意図的に組み立てるのではなく、あえて自分たちに制作上の制限を課すことで、『ドキュメント72時間』らしい〝リアルさ〟が生まれる。通常のドキュメンタリー番組だと、追加で取材をしたり、順番を変えて構成することもあると思いますが、それはやらないと決めています」

もちろん、その現場で描くテーマについて、ある程度の想定はしていく。ただ、想定はしていっても、それを覆されるような話に出会ったときこそ、思いがけないドラマが生まれる。

「『こういう人や話に出会えそう』という事前の想定にとらわれるのではなく、むしろそれを超えるような発見や驚きを素直に取り入れた回のほうが、結果的にインパクトがあります。思い込んだり、決めつけるのではなく、あくまでもリアルは相手の言葉の中にある。その時間にその場所でその人に出会ったことの意味をきちんと受け止めて描く。それがこの番組の意義や価値につながっているのかなと」

ドキュメンタリーの役割は、「〝今〟を淡々と記録すること」「それが結果的に〝時代〟のアーカイブになっていくこと」だと岡部さんはいう。

「ドキュメンタリーは文字通り〝記録〟であり、実在する人々の行動や言葉、起きることを記録し、それを取材者の目線で編集して世に届けるものです。ただ、人の行動や言葉の周りには、自然と漂う〝時代の空気〟のようなものが一緒に記録されています。『ドキュメント72時間』の場合、同じ場所を撮ったとしても、10年前、5年前に撮るのと今撮るのでは同じものになりません。最近放送した回でいえば、『秋葉原 メイドカフェに〝ただいま〟』では、20年前にブームが起きた当時と今では客層が大きく変わっていることが浮かび上がりました。『東京 眠らない書店で』では、10年で3割の書店が姿を消し、電子書籍の割合が増えている今、紙媒体をリアル店舗に買いに来る人たちの思いが知りたくて舞台に選びました。『新宿駅前 ライオン像の募金箱』も好きな回ですが、欲望渦巻く新宿という街で、この時代を生きる人々にとっての〝善意〟とは何か、考えさせられる内容になっています」

出会う人は偶然だが、その場所が担う意味や見えるものは時代によって変わり、来る人も語られることも実は全然違うものになっていると岡部さん。

「どんなドキュメンタリーも時代の空気を閉じ込める役割があるのではないかと思うんです。ドキュメンタリーを観ることは、同時代を生きる人にとっては何かのヒントになったり、自分の生活や生き方、価値観を相対化する役割を果たすでしょうし、未来の人にとっては、この時代の価値観や空気感を知るひとつの手段になり得る。映像や音声をそのままに残せるテレビとして、それは大事な役割だと思います」

「ドキュメント72時間」
「ドキュメント72時間」

毎週金曜22時~22時30分(NHK総合)
ファミレス、空港、居酒屋、自動販売機の前――。ひとつの現場に3日間(72時間)カメラを据え、偶然出会った人たちの話に耳を傾け、"今"という時代を切り取るドキュメンタリー番組。NHKのインターネットサービス「NHK ONE」で同時・見逃し配信。

ミニシアターの存在がドキュメンタリーを支えている

川内有緒さん ノンフィクション作家、石川翔平さん ポレポレ東中野 編成担当

石川翔平さん ポレポレ東中野 編成担当

ドキュメンタリーの聖地ともいわれる東中野のミニシアター「ポレポレ東中野」の編成担当として国内外の数多くの作品を上映するほか、さまざまなイベントや企画なども手がける。

川内有緒さん ノンフィクション作家

アメリカ、フランスを拠点に国際協力分野で働いた後、ノンフィクション作家に。『空をゆく巨人』(集英社)などの文学賞受賞作を含む著作多数。ドキュメンタリー映画の共同監督も務める。

作品の数は増えていて、テーマも多様になっている

国内外のドキュメンタリー作品を数多く上映する「ポレポレ東中野」で編成に携わる石川翔平さんと、ノンフィクション作家として活躍する傍ら、自身の書籍を原案にしたドキュメンタリー映画『目の見えない白鳥さん、アートを見にいく』と『ロッコク・キッチン』で共同監督を務める川内有緒さん。目利きと実作者による対話。

石川 以前に比べて、ドキュメンタリー作品の数自体は増えていると思います。それこそ今は携帯で撮ることもできますし、フットワークが軽くなったことも要因のひとつ。テーマについても、かつては沖縄の基地だったり、公害だったり、大きな社会問題を扱う作品が多かったのですが、川内さんの『ロッコク・キッチン』のように、東日本大震災を起点にしつつ、福島で暮らす人々の食と暮らしを見つめた作品もあって、本当に多様です。

川内 私自身、大学時代に映像制作を学んでいたんです。ただ、みんなで一緒につくることが苦手で、ひとりでできる仕事としてノンフィクション作家になりました。『目の見えない白鳥さんとアートを見にいく』という本を書いているときに、ちょっとした映像をつくりたいなと思って、それがきっかけで映画を撮り始めることになったのですが、機材もずいぶん変わって、コンパクトなチームで映画が撮れるようになったのは大きかったと思います。とりあえず始められるから、作品の数が増えているのも納得です。

――お二人が考えるドキュメンタリーの魅力って何ですか?

川内 ドキュメンタリーって本当に数が多くて、テレビも含めると大きくなりすぎちゃうので、映画に限った話でいうと、つくり手である監督の個人的視点があり、ときに何年という長い時間をかけて対象を追いかけていく、その時間の積み重ねがほかにはない魅力なのかなと思います。

石川 物事のプロセスがわかるというか、物事は複雑であることが理解できるというのもありますよね。たとえば、政治家がこういうことをしたとか、凶悪な事件のニュースに接したときに「ひどいやつだな」とか「何でこんなことするんだろう」と感情的になりますが、その裏には何かしらの理由があるわけです。物事は決して一面的ではないってことが、ドキュメンタリーを観ているとわかる。

川内 結論ありきじゃないですよね。悪人が倒されるとか、恋が成就するとか、そういうゴールが常にあるわけではないから、必ずしもカタルシスがあるとは限らないのだけれど、わかりやすく感動できるものがいいのかといえば、そうじゃないわけで。それでいうと、私の場合、観たら誰かと話したくなることがドキュメンタリーの特長のひとつなのかなと思います。現実社会に生きている人と自分との接点になって、何かを話さないといられない。そうやって惹きつける力がいいドキュメンタリーにはありますよね。

石川 劇場に一緒に足を運んでいただいて、そのあと話し合う、というのも理解が深まると思います。

――ドキュメンタリーに関わる者として、自分の使命や役割は何だと思いますか?

川内 ノンフィクションを書くことと共通する部分なんですけど、自分から探さなくても、題材が向こうからやって来るときがあるんです。今回の『ロッコク・キッチン』もそうでした。被災地を訪れたとき、「いつまでも私たちはかわいそうな被災者じゃないといけないんでしょうか」みたいなことを言われたことがあって。福島を取り上げた映画があっても、自分たちが観たい映画はあんまりないという話を聞き、じゃあ、その人たちに観てよかったと言ってもらえるものをつくりたいなと思ったんです。だからといって、「よかったね」「ほっこりしたね」で終わるものじゃなく、ここにある現実も伝えないといけない。時間もかかるし、大変だったりするけど、ほかの人が取り上げないものに目を向けて、世の中に伝えていくことが私のできることなのかなと。

石川 劇場の人間としては、いろいろなドキュメンタリーがあることを知って、観てもらうことに意義を感じています。題材がよかったらいいということではなくて、すごく重要なことを撮っているんだけど、いかんせん面白くない映画ってたまにあるので、「これは面白い」と思える作品をちゃんと届けていきたいですね。

川内 映画として面白いかどうかというのはありますよね。ドキュメンタリーだからといって、教育的になったらそれはもはや映画と言っていいのかわからないし、映画である以上、観た人がすごくいい時間を過ごしたと思ってもらうことが大事だと思います。あと、劇場の話でいえば、ドキュメンタリー映画の多くはミニシアターでしか上映されない状況です。だから、ミニシアターが減っていくと、ドキュメンタリー自体が衰退してしまうことになりかねない。「ポレポレ東中野」のようなミニシアターが果たす役割はとてつもなく大きいと思います。

石川 いろいろな企画やイベントを考えて、つくり手とお客さんをつなぐのも、うちみたいな小さな映画館だからできることなのかなと思っています。そういう場をなるべくつくり続けていきたいですね。

映画『ロッコク・キッチン』
『ロッコク・キッチン』

©ロッコク・キッチン・プロジェクト

ポレポレ東中野ほかで公開中

東日本大震災から13年、映画監督の川内有緒と三好大輔は、約1年間かけて、東京と福島をつなぐ国道6号線(通称"ロッコク")を車で旅し、そこに暮らす人々を訪ね歩いた。食を通して浮かび上がる福島の「今」を軽やかに描き出すドキュメンタリー。

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