── 映画祭やPRイベントなどで世界を回る中で、日本の女性の飛び抜けたお行儀の良さに、気がかりなものを感じることがあるという桃井さん。
「今日はそうでもないけど、服装がね、みんなすごく似ているの。いちばん多いのは"安全カーディガン"ね。大人しいグレーのカーディガンに、アイボリーなこともあるけどたいていは白ブラウス。誰にも嫌われない代わりに、個性もない服を着ている人があまりに多いと、いったい何に規制されているんだろう、何をそんなに怖がっているんだろうと思うわけ。誰のフリをしているのかわからないけど、そういう装いで、角がない風を演じているのよね」。
── よく言えばシック、悪く言えば無難な服を選びがちな自分に気づいたとき、安全圏から抜け出すための起爆剤となるのが、あえて「人の癇に障るような服」に袖を通すこと。主演・監督作『火 Hee』の中で、桃井さん演じる主人公はあえて「イライラする花柄」の衣装を選んでいるそう。
「花柄は花柄でも、人の癇に触る花柄ね。海外に行くと、イライラする花柄を着ている人なんてごまんといるわけよ。その体型、その年齢で、その花柄? って言われても『好きなの〜』で済んじゃう。ファッションとして、どっちが健全かって話よね。似合うものや浮かないものしか着ちゃいけないという決まりはないでしょ。前に、男の人に『イヤな色のセーター着てるね』って言われたことがあるの。虎の刺繍がついたそのセーターを、寅年の私はすこぶる気に入っていたので、その色を映画のポスターに使ってやった。そしたら、同じ人がそのポスターを見て『いい色だね』って。あ、この人はただ意地悪を言いたかっただけなんだなって気がついた。人の意見なんてその程度のいい加減なものよ」。
── 自分は何が好きで、表現したいのかを明確にすること。それは、ファッション面だけではなく、海外で一人のクリエイターとして信用される上でもとても大切なことだと説く桃井さん。
「自分が何者であるかというオリジナリティを、濁らせたり薄めたらだめ。一歩国外に出ると、イエスもノーも言えない人や、誰かのフリをしていて誰なんだか分からない人は、何がしたいかわからない不気味なやつだと思われてしまう。ハリウッドでは、小道具に近いような端役のオーディションでも、必ず『あなたは何を面白いと思っているのか?』と質問されるからね。私は自分の作品があるから『こういう映画を作っています』と言うと、絶対あなたとやりたい!という話になる。私は人の話に相づちを打たないんだけど、それは面白いかどうかもわからない段階で、頷くわけにはいかないからなのね。そしたら、『そういう日本人が初めて来た』って喜ばれる。媚びずにいることが、日本では『不良』と見られたけど、LAでは普通のことだったのよ」。
── 今でこそ反骨精神に溢れている桃井さんだが、ルールを頑に守ることを美徳とする真面目で大人しい風紀委員だった時代もあるという。そんな彼女の価値観を一変させたのが「生ゴミ事件」だ。
「女優として仕事を始めてから、明確に『ルールと正義は違うんだ』と気がついたことがあってね。毎週火曜日が生ゴミの日だったんだけど、火曜日は撮影があってどうしても出せないから、生ゴミを一週間置いとかないといけなくなる。そんなの臭っちゃうじゃない。苦肉の策として生ゴミをテレビ局に持ち込んで、どうか捨ててもらえないかとお願いして事なきを得た。そうまでして守っていた生ゴミの日が、隣町では水曜日だったわけ。そこで、ルールというものは、正義でも何でもなくて、ただ単に社会を円滑に進めるための便宜的なものに過ぎないと気づいた。日本の道路は右側通行だけど、アメリカは左側。そういうルールは、単にこなせばいいのであって、これぞ正義と信じて必死になって守るほどのものでもないのよ。
── ファッションもビューティも、そして生き方も。ときには賢くルールから外れてみることで、自主規制から解き放たれて"好き"やオリジナリティを追求する。そんな姿勢が、常に「今が頂点」に見える桃井さんの輝きを支えているのかもしれない。