2021.05.11

Serge Lutens 「シェルギイオードパルファム」/松本千秋(漫画家)

ワインレッドの魅惑的なボトルの中身は、「シェルギイ」(モロッコの砂漠の熱風)の名のとおり、スパイシーでドライ。それでいてアンバーがかった樹脂の甘く凝縮した香りが、堪らなく官能的だ。
(50㎖)¥14,300/ザ・ギンザ バッグ¥78,100/トリー バーチ ジャパン(トリー バーチ)

 2018年の春、「週末買い物につき合ってくれませんか」と銀座ホステス時代のお客さまからメールが来た。私が店で働いていたのはそのときから3年前までのことだ。土曜の昼過ぎ、銀座の煉瓦亭でハヤシライスを頼んだあと、「3年ぶりだね、最近どうしてた?」なんて挨拶はナシに彼は本題に入る。姪っ子に絵本を買いたいんだけど、今って何を選べばいいのかな?と。「さあまったく……私がイラストレーターだからって、絵描きが絵本に詳しいだなんて偏見ですね!」そう答えると、「そうか、間違えちゃったね。今日は散歩でもしよう」と、あっさり予定を変えた。彼は7つか8つ上、バツイチの医師で子どもはいない。中央通りを歩いていると見慣れないビルが目にとまった。「入ってみる?」それはリニューアルしたばかりのSHISEIDO THE STORE。フレグランスコーナーにセルジュ・ルタンスが並んでいる。ここの香水は商品名が独特で、一つひとつの瓶を詩を読む気分で眺めていく。その中の、『シェルギイモロッコの砂漠の熱風』という名前に私は惹かれた。何とも壮大で力強く、想像をかき立てる言葉の響き……。「冬につけたらさ、冷えた体を温めてくれそうね」「それじゃあ真夏は暑苦しいね」「いやいや、真夏につけたら日光に負けないパワーをくれるんじゃない? 最強だよ」「そう……」。香りは甘美でミステリアスで、度数が高い薬酒をぐいっと飲んだときのような目眩を感じた。すっかり魅了されて燥はしゃぐ私を見て、今日つき合ってくれたお礼にと、彼は店員さんを呼んだ。恐縮しながらお礼を言うと、「これで君の体温調節がうまくいくならいいんですよ」と会計をすませる。香水で体温調節……内科医なのに非科学的ね~と揶からか揄う私に、「医者が現実的な治療ばかりすすめるなんて、偏見だよ!」と言って彼は笑った。