ウッディノートと聞いて、思い浮かべるものは? 重ための樹脂の香りを想像する人もいれば、森の中に足を踏み入れたときに漂うフィトンチッドを思わせる、浄化感の高い香りを想像する人も。幅広い香調をもつウッディノートだが、近年は軽やかなウッディノートなるものの人気が高まっている。その背景にある理由とは……? 香水にまつわる歴史と香料に関する豊富な知識、それに紐づく膨大な嗅覚のリファレンスをもつフレグランスアドバイザー、MAHOさんに教えてもらった。
柑橘とウッディを組み合わせた、軽やかな新・ウッディノート
タイラ ウッディノートというと、昔はちょっと重ためな印象だったり、アンバリーなものなどを思い浮かべたりしていたのですが、最近はちょっと変わってきているとか?
MAHO もともとウッディは力強さや安定感、重たさがあるファセットとして、60年ほど前からメンズ用香水に多用されてきました。その流れを変えたのが、1992年に当時の資生堂用にセルジュ・ルタンスが創った「フェミニテデュボワ」(「第1回ウードとウッドってどう違うの?」参照)。ウッディにプラムとハチミツを合わせ、女性用フレグランスとして打ち出して以来、女性にも使いやすいウッディノートのニーズは長い時間をかけて広がっていきました。
タイラ やわらかなウッディノートが登場するのはもっと後ですか?
MAHO そうですね。2005年ごろからでしょうか。ちょうど日本でもイソップの人気が高まってきて、そこはかとなく漂うアロマティックなウッディノートに癒される感覚に出合った人も多かったと思います。
タイラ イソップのフレグランス自体というよりは、ボディクリームやハンドソープなどが置かれた店頭そのものの匂いですかね?
MAHO まさにそんな感じ。ウッディの中に柑橘やスパイスの香りが入り混じって、アロマティックで香りがキツすぎない。
タイラ ディフューザーのようにさり気ない香りですね。
MAHO そのさり気ない香り方というのが日本人には刺さるんですよね。今だったら、【BAUM】の「ウッドランド ウインズ」。樹木の香りにベルガモットを効かせた、まさに軽やかなウッディの代表です。
タイラ キャップも木でできていて、ボトルからウッディノートだとわかる感じですね。キャッチコピーに謳われているように、まさに森林浴する気分。深呼吸したくなる感じです。
MAHO 今っぽいインテリア空間に漂っているような香りを上手くフレグランスに昇華しているのが韓国ブランド、【NONFICTION】の「イン ザ シャワー」。
タイラ 今年の3月中旬に代官山に東京の旗艦店もできてさらに人気が加速しそうなノンフィクションですね。これはまさに、今、流行中のシトラスの効いた軽やかウッディ! 韓国ブランドはトレンドキャッチが速いわ~。
軽やかだけど残香性も出せるのは フレグランスだからこそ
タイラ 「軽やかなウッディノート=アロマティックな香調や、空間に漂う香り」とするならば、アロマの精油や天然香料が使われていたら軽くなるんでしょうか。
MAHO いえいえ。天然香料でも重たく香るものはあります。ただし、天然香料だけだとすぐに飛んでしまうという特性はありますね。
タイラ たしかに。残香性はないかも。
MAHO それに天然の精油だけで香りを作ろうとすると、とんでもなくコストがかかることになります。アロマセラピーのお店では天然のエッセンシャルオイルの種類によっては、たった数ミリリットルで1万円以上するものもざらにあります。そして精油だけのブレンドだと、フレグランスのようにバリエーションが作れません。
そういう意味ではフレグランスの方が実は使い勝手がいいとも考えられるわけ。安全性の担保と価格のバランス、使用期限の長さ、管理のしやすさ……etc.
タイラ そんな風に考えたことがなかった!
MAHO ヒノキの香水を作りたいとご相談に見えたお客様にヒノキの精油を嗅いでいただいたら、これじゃないって仰られたんですよ。皆さんが想像するヒノキの香りはヒノキ風呂に入ったときの空間に漂っている香りであって、ヒノキの樹から採られた精油そのものの香りではないということですね。
タイラ なるほど~。ヒノキ風呂の香りって日本的ではあるし、日本人ならなじみは深いけど、同時に贅沢感もあるからすごく惹かれますね。
MAHO あの【フエギア1883】にヒノキをメインにした「Rin」という香りがありますよ。シンプルでアロマティックな香調で、まさにヒノキ風呂に浸かるイメージ。これだとお寿司屋さんでも行けちゃいそうな気がするぐらい軽やか。
タイラ お寿司屋さんに行けるフレグランス⁉︎
MAHO 行けとは言ってませんよ(笑)。ただお寿司屋さんの白木のカウンターの香りかな? と思うぐらい軽やかでありつつ、やはり洗練された印象もあるんですよね。
アロマとはひと味違う、 処方の妙こそフレグランスの醍醐味
MAHO 昔はリッチでストロングなものほど高級で、どうせならそういうフレグランスをつけたいと、多くの人が考えていたように思います。けれど現在は、市場が軽やかなものを求めていて、そこにパフューマリーも対応するように。香水の魅力は処方にありと言っても過言ではなく、香料の組合せでバリエーションも増やせるし、柔らかく長く香らせることだってできるわけです。
タイラ 不思議なのは、スキンフレグランスのような軽い香調なのに、インテンスを謳うものもありますよね?
MAHO 同じ香りをずっと使っていると嗅覚って慣れも出てくるので、軽やかな香りでも持続性や強さを求めるようになるんですよ。インテンスというのは最近のちょっとしたトレンドで、賦香率を高めたり、より深みのある香りが感じられたりするように設計されています。練り香水で人気を博したブランドも、今は練り香水よりも香りがしっかり感じられるオードパルファムが売れているようですしね。
タイラ お気に入りの香りを見つけて、それがつけてもすぐ飛んじゃうようだとコスパ悪いってなりますもんね。
MAHO 合成香料も進化していることが認知され、「合成香料=ケミカルだから嫌だ」という印象をもつ人も少なくなりました。香りをモダンにまとめ上げ、保留して柔らかく香らせたり、天然香料では出せないニュアンスが加えられていたりするのは、うまーく合成香料を使っているからなんですよ。
タイラ 天然の香りの中から濁りや淀みを取り除いて、クリーンで軽やかな香り立ちにできるのも合成香料あってこそと言われていますものね。
MAHO そのあたりが上手いのが【リチュアルズ】の「エクラ」。そして、2018年にパリで立ち上がった新進気鋭の【エッセンシャルパルファム】というブランドから出ている「ボア アンペリアル」ですね。
ウッディというとマスキュランな印象というのは今や昔。アロマティックで軽やか、シトラスノートと組み合わせた、空間に漂う心地よい空気を体現しているのが今どきのウッディノートだ。新年度を迎え、期待と不安が入り混じる季節。軽やかなウッディノートをお守りに、新しい一歩を踏み出してみては?

日本フレグランス協会常任講師。香水のイベントやセミナーのほか、国内外・新旧合わせて500種以上の香水と天然・合成香料をそろえるプライベートサロンを主宰。フレグランスの経験値や嗜好を対話から探り、その人に合ったフレグランスを紹介する個人カウンセリングも大人気(プライベートトワレ private-toilette.com)

取材歴30年。SPURのフレグランス企画の連載担当ライターとして活躍。この連載を機にフレグランスの世界に魅せられ、現在は資格取得を目指してフレグランスの歴史やトレンドを学び直し中。