近年、ムスクの香りが流行っているとよく聞くけれど、ムスクってそもそも何? 検索するとジャコウジカから採れる動物性香料とある。それってアニマリックでフェロモンむんむんのお色気系? 夏につけられる涼し気なムスクの香りはあるの? フランスのパフューマリースクールのプロ養成トレーニングメソッドを日本で展開する、サンキエムソンスジャポンの小泉祐貴子先生にムスクについて解説してもらった。
動物性香料から合成香料への転換で印象が変わった!
タイラ ムスクと聞いて、思い浮かべる香りが人によってかなり違う気がします。かくいう私も、ムスクはフェロモン系のむんむんとした重たい香りだとおもっていたのですが、【ナルシソ ロドリゲス パルファム】の「ピュア ムスク」に出合って、イメージががらっと変わりました。
小泉 ムスクの香料はジャコウジカの分泌腺から採取される動物性香料です。アニマリックな香りで、わかりやすく例えると畜舎のような匂いがあります。フレグランスの処方を組む際に少量取り入れることで、ムスク特有の柔らかさや、温かみと、香りの持続性を与えてくれる大切な要素でした。
タイラ そういえば、フレグランスって良い香りのする香料だけでは美しい香りにならないといいますね。
小泉 動物香料のムスクでしたが、1906年、その香りのキー成分となっている「ムスコン」という匂い分子を分離することに成功したのです。これにより、フィルメニッヒやジボタン、タカサゴなど、香料メーカー各社がムスコンのようなムスクのーとをもつ、合成香料のムスクを次々と開発。現在は、動物性香料は使われていないので、今のムスクノートはこのムスコンを模した合成香料の香りですね。ムスクにはフレグランスの各香料をまとめる働きがあり、柔らかさや丸さ、明るさみたいなニュアンスを持っています。
タイラ 資料を読んでいても、ほとんどの香水でベースノートにムスクが入っている印象です。そして今、ムスクが全面に押し出ているフレグランスも増えていますよね。
小泉 現代に続く、ムスクのトレンドを最初に創った香りといえば、【ザ・ボディショップ】の「ホワイトムスク」でしょうか。今でいうところのプチプラの香水の走りでしたが、ムスクの清潔感を上手く調香した名香のひとつです。
タイラ たしかに! 高校生や大学生の時に使っていた~という読者の方も多いかも。でも今、嗅いでもやっぱりいい香りですね。
軽やかなムスクの名手、ナルシソ ロドリゲス パルファム
小泉 2003年発売の【ナルシソ ロドリゲス パルファム】の「ナルシソ ロドリゲス フォーハー」も、ムスキーノートを語る上で外せない香りです。
タイラ このフォーハーの大ヒットをきっかけに「ナルシソ ロドリゲス パルファム」からは今や多数の香りが発表されています。このブランドのフレグランスは、必ずハートノートにムスクが入っているのがお約束。
小泉 フォーハーの調香師は、クリスティーヌ・ナジェルとフランシス・クルジャンの二人! 今、考えるとなんとも贅沢なお話。
タイラ 今やエルメスのナジェル! 今やディオールのクルジャン! ムスクってこんなに軽やかで爽やかなんだと驚きます。改めて、フォーハーがいかに革新的なムスクだったかがよくわかりますね。ムスクフローラルに、ごくごくソフトにアンバーが重なって。そして軽やかなウッディを効かせて、透明感のあるシプレ系に。私は夏場は主に、よりソーピーな「ピュア ムスク」を愛用していたのですが、「フォーハー」もエレガントで素敵ですね。
多湿なアジアの気候に合う涼し気なムスク3選
小泉 ムスクは本来アニマリックで重たい要素もある香りでしたが、そこから分離したムスコンの出現によって変わったんです。軽やかで柔らかく清潔感のある合成ムスクの開発が進みました。だから今では、少しずつニュアンスの違うムスキーノートを選んで使用することができるんです。
タイラ 香水全般に、軽くてつけやすいものが増えているのも、昨今のフレグランスブームの一因なのかもですね(過去のウッディノートの回も参照)。香料メーカー各社が、オリジナルの合成香料のムスクを作っているという話ですが……8種類のホワイトムスクを軸に構成された【シャネル】のレ ゼクスクルジフ ドゥ シャネルの「1957」は、アジアで特に人気が高いという噂。ホワイト ムスクの中にハチミツの甘さやウッディの要素がニュアンス程度に感じられて、それでいて透き通るような清々しさが特長です。
小泉 本当にきれいにホワイト ムスクが立ち上りますね。高温多湿なアジアで人気が出るのもよくわかります。
小泉 夏にまといたくなる涼し気なムスクというと、シトラスやニューフレッシュネス(=海外の洗剤のようなクリーンな香りのファセットのこと)を組みわせた爽やかな香り立ちのものがおすすめです。ベースノートに厚みや重たさが出てくると、ムスクの温もり感が強調されるので、夏というより秋以降が似合う香りになります。
タイラ それでいくと夏にぴったりかなと思うのは【ディプティック】の「フルール ドゥ ポー」はいかがでしょう?
小泉 うん、これはムスクらしい柔らかさと清潔感の上に、シトラスとピンクペッパーが爽やかに効いている。とっても涼やかですね。
タイラ 私はイタリアのニッチブランド、【ラボラトリオ オルファティーボ】の「ニードユー」が好きで、夏はこれにシトラス系の香りを重ね付けしています。
小泉 こちらもシトラスとペッパーが軽快に効いて、ホワイトムスクの清潔感が心地よいですね。軽やかで明るさのあるホワイトムスク系をベースに、シトラスを重ね付けするのは相性がいいと思いますよ。
タイラ ムスクの香りは透明なベールのように肌となじんで、その人のもつ匂いと調和するようなところがありますよね。
小泉 ファセットのピラミッドで表現するとき、ムスクは香り全体を包み込むので、ピラミッドの三角形の周りを囲む円で表されます。他の香料をまとめて包み込む柔らかさが持ち味の香料ですね。
ムスクは組み合わせる他の香料によって、クリーンにもパウダリックにも、ウォーミーにも変化する香りのメディエーター。涼しげなムスクを選ぶ時はシトラスやニューフレッシュネスが組み合わされているものを選ぶと覚えておきたい。シャワー後にボディパウダー代わりにまとうと、うだるような暑さが少し和らぐ。ムスクのフレグランス、ぜひ活用して。