夏になると、まといたくなるのがシトラスノート。爽やかですっきりしていて少し酸味があって……、数ある香調の中でも想像しやすいものの代表がシトラスだ。具体的にはミカン科ミカン属の柑橘類の果物を指すという。フランスのパフューマリースクールのプロ養成トレーニングメソッドを日本で展開する、サンキエムソンスジャポンの小泉祐貴子先生にシトラスの定義と代表するフレグランスについて教えてもらった。
シトラスとフルーティは分けて考える
タイラ 夏真っ盛り。この時期はシトラスノートをつけたくなる人も多いと思うのですが、シトラスとはそもそもどんな香料を指すのですか?
小泉 フレグランスの世界では、ミカン科ミカン属の果物の香りをシトラスと分類します。日本では柑橘類と呼ばれる果物ですね。
タイラ ミカンやオレンジ、レモンなどですかね?
小泉 ライムやベルガモットもありますね。
タイラ ユズ……も該当しますか?
小泉 はい、ユズも該当しますよ。最近、特に欧米でも人気ですし、「YUZU」は世界に通じるほどです。シトラスに分類されるのは、ミカンのように手で皮をむけるものや、レモンのように皮ごとスライスして風味を加えるものをイメージするとわかりやすいかも。そしてこの果皮から精油を採るものをシトラスに分類するのです。シトラスは実を絞った果汁ではなく、果皮から採るということを覚えておいてください。
タイラ マティーニにはライムの皮を削って香りづけしますもんね。果皮ということは、甘酸っぱい香りではあるけれど、パイナップルはシトラスではないですね。手で剥けないから……。
小泉 そうです、パイナップルはフルーティノートですね。この分類が大切なのは、例えばオレンジの香りが好きな人がオレンジをフルーティだと思っていると、フルーティのカテゴリーから探してもオレンジの香りにはたどり着けません。オレンジは柑橘類の果物。果皮から精油を採るシトラスです。
シトラス×ニューフレッシュネスで、香りのラスティング力を高める
タイラ シトラスの香りはトップに使われることが多く、香りがすぐに消えてしまう印象があります。もっとシトラス感が続けばいいのに、とよく思います。
小泉 香りの特性上、シトラスは揮発しやすいので仕方ないですね。シトラスにニューフレッシュネスのファセットを組合わせることで、シトラスの印象を強めたり、ラスティング力を高めたりするよう調香されることもあります。シトラスの精油だけで作ると、香りとしてはすぐに飛んでしまいますから。
タイラ ニューフレッシュネスは、以前先生に教えていただいた「ジヒドロミルセノール」という匂い分子が使われる、いわゆる海外の洗剤のようなノートのことですね。(過去回「石鹸みたいな香りの正体は?」参照)
小泉 そうです。シトラスとニューフレッシュネスを組み合わせると、清潔感あふれるクリーンな印象になり、シトラスの持続性高めて存在感も強められます。また、シトラスにスパイスを組み合わせることもありますね。
タイラ 世界的に大ヒットしたクロエの調香で知られるトップ調香師ミシェル・アルメラックのプライベートなブランド、【パルル モア ドゥ パルファム】のオレンジ ハイパーエッセンスがまさにそうかも。オレンジに、ジンジャーやカルダモンのスパイスを組合せています。
小泉 オレンジとは、サンキストオレンジのようなオレンジのこと。「マンダリンオレンジ」または「マンダリン」で表記されるのは、いわゆるミカンのことです。花からネロリの精油を採るビターオレンジ=橙など種類も多彩。
タイラ ネロリはフローラル(第3回参照)と、ここで教えてもらいましたね。ネロリ自体の分類はフローラルだけどシトラスと組みわせられることが多いから、結果としてシトラスフローラルになることが多い。5月に発売された【ルイ・ヴィトン】の「サン ソング」もレモンやオレンジにネロリでフレッシュさを際立たせていますね。
レモン、ライム、グレープフルーツ…… さまざまなシトラスノート
小泉 オレンジはフレッシュな酸味と甘みがあってジューシー。マンダリンはオレンジよりも甘さをしっかり感じます。グレープフルーツは酸味と共にほんのり苦みを感じますし、レモンやライムはシャープな酸味があります。果物としてのライムはほとんど甘味を感じさせず、酸味がきついため、生食にはあまり向かず、ジュースやお菓子にするか料理の風味づけに使うことが多いですね。
タイラ ベルガモットはどうですか? ベルガモットってほとんどのフレグランスのトップノートに入っている気がしますけど。
小泉 ベルガモットも生食には向かず、香りを楽しむ果実ですね。フランスでは、ベルガモットのジャムやキャンディを見かけることもありますよ。香料としてはフレグランスだけでなく、アールグレイの着香に使うことでも有名ですね。ベルガモットは柑橘らしい爽やかさと上品さがあります。
タイラ 私はレモンやグレープフルーツなどシャープな酸味のなかに苦みがひとさじ効いたシトラスが好きかも。【エルメス】の「パンプルムス ローズ」がとても好きで。「グレープフルーツはフランス語でパンプルムスっていうんだ、オッシャレー」なんて思っていました。
小泉 ふふふ。こちらはローズとシトラスの組合せで、単調なシトラスではなく、上品な華やかさがありますね。
タイラ レモンの香りといえば、【カルトゥージア】の「メディテラネオ」がパッと思い浮かびます。レモンにベルガモット、タンジェリンなどのシトラスに、ミントやユーカリ、レッドタイムのハーブの組合せって間違いなしの爽やかさ。
小泉 本当に毎日こう暑いと、爽やかなシトラスノートに惹かれますね。
暑い夏、炭酸水に浮かべるレモンやライムのように、すっきりとした爽やかさを運んでくれるシトラスノート。地球沸騰時代ともいわれる酷暑の夏に、フレグランスで涼しさを演出してみては? 酸味に甘さが欲しい人はオレンジ系、苦味ならグレープフルーツ、優雅さならベルガモット……とシトラスのつけ比べも楽しいかも。

Firmenich社にて香料開発・マーケティングに約20年間従事。パリ発祥の社会人向けパフューマリースクール「サンキエムソンス」の公式日本パートナーとして、「サンキエムソンス ジャポン」を運営。フレグランスに対する広範な知識とあふれる愛でフレグランス文化の啓蒙に励んでいる。
▶︎サンキエムソンス ジャポンのオンラインレッスンプログラム情報はここ!
https://www.cinquiemesens.jp

取材歴約30年。過去にSPURでフレグランス企画の連載担当ライターとして活躍。この連載を機にフレグランスの世界に魅せられ、現在はフレグランスを一からサンキエムソンスのプログラムで学び直し中。