連日、各地で35℃越えが続き、湿度も高い。今や亜熱帯の様相を呈してきた灼熱の日本。フレグランスで少しでも涼しく感じさせることは可能? 気温も湿度も高い夏に選ぶべき香りとはどんなもの? 膨大な嗅覚リファレンスでセミナーやトレンド分析、カウンセリングなど香り分野で活躍するフレグランスアドバイザーMAHOさんに話を伺った。
冷涼感と持続力を狙うならアクアティックノート
タイラ 毎日暑すぎ~。私はこの時期、ついシトラス系の香りを使うのですが、やっぱりつけてもつけてもすぐに香りが飛んじゃって。昼前には何も残っていない……。
MAHO シトラスは揮発性の高い香料ですからね。そもそもフレグランスはどのようにして香るか、私たちがどうして香りを認知できるか、知っていますか?
タイラ そう言われてみると、「なぜ香るのか」というメカニズムについてはちゃんとわかっていないかも。
MAHO 香りの研究ってここ最近までそんなに進んでいなかったんですよ。
現代になって、【動植物など物体が放つ匂い分子が揮発し、それが鼻の嗅覚受動体に届き、そこから脳へ伝達されて、私達は匂いや香りを認識する】ということが解明されてきました。
つまり揮発するから、香りを感じられるのです。
タイラ なるほど~。揮発性が高いとか低いとかいいますしね。
MAHO 気温が高いと匂い分子は蒸発しやすくなります。だから、いわゆる「香りがすぐ消えてしまう」ということになるんですね。シトラスは揮発性が高いのでパッと瞬間、フレッシュに香りますがすぐに消えてしまい、持続力は期待できません。
そういう意味で冷涼感がありつつ、持続力を求めるなら、アクアティックや、その要素を含んだハーバルがおすすめなんです。涼しさもあるけど、ハーバルなグリーン感も併せ持っているから香りが残りやすいの。
【イソップ】の「ミラセッティ」は、ベースの海藻の香りによるアクアティック感が、灼熱のビーチというよりは冷たい波しぶきを思わせる。ひんやり感を醸し出していて、この時期につけたくなる香りですよ。
夏の空気に似合うココナツの香り
MAHO 涼しい夏の香りももちろんありですが、暑い夏だからこそマッチするのがココナツの香りではないかしら。
タイラ わー、夏のビーチで香る懐かしの某サンスクリーンの香りを思い出します。
MAHO フルーティな甘さは夏の空気に似合うし、キラキラと太陽をイメージした明るさを表現する「ソーラーノート」とも相性抜群。
タイラ この香りを秋冬につけようとは思いませんね、たしかに。
MAHO 6月に日本デビューした、アジアから着想を得た【メゾン ド ラズィ】の「バリ ハイ」がまさにアジアのビーチリゾートで夕暮れ時の海を思わせるバニラとココナツ、そしてソルティなアンバーが溶け合うフローラルアンバーなんです。昼の日差しで熱を持った肌に似合う、ちょっとひと夏の恋を期待させてしまうような香り……♡
タイラ ふふふ。どうしたって暑いなら、暑さに似合う香りをまとえばいいじゃない!ってことですね。
MAHO そうそう、暑さを楽しんだもん勝ちです。
夏のイライラを静める樹脂の香り
MAHO もうひとつ夏に似合う香りとしておすすめしたいのが、「オリバナム」(別名フランキンセンスや、乳香)や「ミルラ」(没薬)といった樹脂やインセンスの香り。お香が焚き染められた寺院や、キャンドルが焚かれた教会の、スモーキーでひんやりとした空気を思わせます。
タイラ スモーキーな深みがありながら、ちょっとスパイシーでそれでいてほのかな甘さもあって。冷たさも熱さも度を超すとヒリつくような感覚が生まれますよね。
MAHO 【メゾン マルジェラ フレグランス】のレプリカの新作「セレスティアル ウィスパー」=聖なる煙の香り。樹脂のなかにある柑橘の要素がすっきりと涼し気に香り、そこに合わせたアルデヒドがメタリックにきらめいて、その後、石けんの残り香のようなクリーンさが出てきます。
タイラ スモーキーでアロマティックな香り。すごく静けさを感じます。
MAHO そうなの! 暑くてあーもうイライラする~という時にちょっと心を静めてくれるような香りですよね。
タイラ 地球沸騰化、灼熱地獄のこの夏、まさに必要とされる香りです。
体温や汗に影響を受けない髪に香りをまとうという選択
MAHO もう一つ、夏ならではの香りのまとい方としてご提案したいのがヘアフレグランス。
タイラ 最近、流行っていますよね。特に夏におすすめなのはなぜですか?
MAHO 体温に影響を受ける肌と違って、髪は体温上昇しないからです。頭皮でなければ汗もかかないですしね。
タイラ なるほど~。でもこの暑さ、太陽の熱で温められちゃいそう。
MAHO 頭皮にはつけず、毛先にのみ、それも太陽に晒されない内側の方がいいですね。香水は首回りにつけると自分が香りに酔ってしまうこともありますが、ヘアフレグランスは軽やかな香り立ちなので首回りでも大丈夫。むしろ暑い日にまとった香りで涼を取れますよ。
タイラ どんなタイプの香りがおすすめですか?
MAHO 先ほど出たアルデヒドが効いた香りは石けんのようにクリーンでどなたでも使いやすいと思います。7日間24時間オールデーフレグランスを謳っている【メゾン フランシス クルジャン】の「724」のヘアミストはオードパルファムよりもベルガモットのシャープさが引き立ち、逆にフローラルが抑えられているので男性にもいいかも。
タイラ 帽子で蒸れる時なんかのリフレッシュにもよさそうです。
MAHO 724のようなクリーンな香りもよいですが、【バイレード】の「ローズ オブ ノー マンズ ランド」のような、スモーキーな香りもヘアパフュームなら夏でも使いやすい。
タイラ そんな裏技があったとは。バイレードのヘアパフューム、ボトルもスタイリッシュでおしゃれ。
MAHO ローズにパピルスが効いた香りは爽やかでみずみずしいローズではなく、アンバーも効いているせいかダークな雰囲気。ひんやりとした土のアーシーな気配も涼し気です。
タイラ 香水瓶だと破損などを考えてなかなか携帯しづらいけれど、缶ボトルだし、外出先でも手軽に香りのリタッチができそうで、ヘアフレグランスはなかなかいい選択ですね。
夏の定番、シトラス系のオーデコロンに加え、マリンノートやアクアティック、ハーバルなどの選択肢も知っておくと、フレグランスライフがより豊かに。夏は高い気温によって香りは飛びやすくもあるが、高い湿度によって匂い分子が空気中の水分と結びつき、拡散性が低くなりこもりやすくなるという一面も。ヘアフレグランスなども上手に活用して、香りを楽しみながら上手に夏を乗り切って。

幼少から香水の世界に魅了され、フレグランス企業や調香師に師事した経験を基に、香りの豊かさや楽しみ方をセミナーやイベントで発信。またブランドに属さない中立的な目線で行う、個々の魅力や可能性を引き立てる香り選びのアドバイスも人気。日本調香技術普及協会理事や日本フレグランス協会常任講師として、国内の香水文化の普及と発展に尽力。

取材歴30年。SPURのフレグランス企画の連載担当ライターとして活躍。この連載を機にフレグランスの世界に魅せられ、現在は資格取得を目指してフレグランスの歴史やトレンドを学び直し中。