まだまだ暑いけれど、暦の上ではもう秋。朝晩の冷気が、少しもの哀しさを誘う季節の到来だ。爽やかさや冷涼感を求めていた夏から秋へ、香りもそろそろ衣替えしたい。そんな初秋にまとうなら? ここ数年ずっとブームのグルマンノートの中でも、SPURが注目するのは栗やヘーゼルナッツを使った香りだ。その膨大な嗅覚リファレンスで、セミナーやトレンド分析、カウンセリングなど香り分野で活躍するフレグランスアドバイザーMAHOさんに最新トレンド、【ナッティな香り】の傾向を伺った。
ナッティな香りってどんなもの?
タイラ 秋とは思えない暑さですがそれでも朝晩は気持ち、気温が落ちついてきましたね。今や四季ではなく、二季になりつつある日本だけど、やっぱり秋には秋に似合う香りがつけたくなります。
MAHO そうですね。爽やか一辺倒の夏の香りから、少し趣向を変えたいですね。秋冬に人気が高まる香りとしては、甘く重ためなグルマンノート(グルマンノートの回参照)。中でも、もう少し絞りこんで、栗やヘーゼルナッツといったナッティな香りはいかがですか?
タイラ ナッツの香り=ナッティ! ナッツというと栗やヘーゼルナッツ、アーモンド、ピスタチオといろいろありますね。
MAHO 今、個人的に「トレンドになっているな」と感じているのが、栗=マロンですね。英語では、チェスナッツと言います。
タイラ 確かに秋は栗が美味しい! マロンパフェ、大好きです。
MAHO まさにマロンパフェを思わせる香料があって、本当に美味しそうなマロンの香りなんです。バリエーションを広げるために、ユニークな人工香料が用いられることも。【ザ ディファレント カンパニー】の「マジャイナシン」は最高品質のマダガスカルのバニラを主役にマロンクリームを合わせています。それだけだと甘くなりすぎるので、香りをきりっと引き締めるために、ジンジャーも加えて。
タイラ 甘くて美味しそうな香り。甘いスイーツが食べたくなる。その名の通り、罪作りな香りだわ。
MAHO NOSE SHOPが扱っている【クルーン キーン】には「カスターニャ」という焼き栗をフューチャーしたフレグランスがあるんですよ。
タイラ カスターニャってスペイン語で栗の意味ですね。これはブランド創始者が、スペインのアンダルシアで幼い頃に食べた焼き栗のことらしいです。私にも、似たような思い出が。冬の時期に訪れたパリで食べた、ほくほくした焼き栗の記憶が舌にも鼻にも残っています。天津甘栗とはまた違った味わいと香り。
MAHO クルーン キーンはアイルランドのブランド。創始者のご夫婦は長年、映画業界でお仕事をされていたという経歴の持ち主です。どんな風景を描いた映画のセットよりも、没入感を醸し出すのが香りの力であると信じて、ブランドを創設されたそうなの。
タイラ プルースト効果とよく言われるけれど、食べ物の香りは特にその効果が大きい気がします。
MAHO もうひとつ、栗の香りで印象的だったのが、【ドリス ヴァン ノッテン】の「ソワ マラケ」。ドリス ヴァンノッテンが香水をローンチする際、調香師たちはブティックに出向き、ドリスの作った洋服をあれこれ見たそうのだそう。この香りは調香師のマリー・サラマーニュが、パリのケ・マラケのブティックで見たシルクのドレスの魅力に虜になって作ったのだとか。そのシルクドレスがインスピレーション源です。
タイラ 甘いバニラとマロンが融合したなんとも優しいグルマンノートですね。ドリス ヴァン ノッテン、大好き。20年前に買ったスカートをたまに引っ張り出して着るんですが、必ず褒められるんですよね。そんなドリス ヴァン ノッテンの世界観を共有するフレグランス、ドリスファンなら絶対、欲しいってなります。
ナッティな香りはアンバーウッディやアンバーフゼアに分類
タイラ ところで質問なのですが、ナッティな香りは香調やファセットでいうと、どの分類になるのですか? グルマンはファセットでいえばアンバーになりますか?
MAHO 香調やファセットの定義はかなり流動的で、定義するメーカーさんによって解釈もいろいろなんです。ナッティはグルマンノートのニュアンスですが、ファセットという捉え方で敢えて説明するなら、アンバー。そこに組み合わせる香料によってアンバーウッディやアンバーフゼアになるかと。
タイラ たしかに他に組み合わせる香料によっても印象は大きく変わりますし。マロンはバニラと組み合わせるとより甘い印象になり、「アンバーノート」に。ハーブやスパイスと合わせると、「アンバーフゼアなグルマンノート」という感じかしら。
MAHO 【メゾン マルジェラ フレグランス】のレプリカ オードトワレに、燃える暖炉と「チェスナッツ=栗」の香りを合わせた「バイ ザ ファイヤープレイス」があります。こちらは、クローブやグアイヤックウッドを合わせた「アンバーウッディ」です。
世界三大ナッツ、ヘーゼルナッツの香りもチェック
MAHO ナッティな香りで忘れてはならないのがヘーゼルナッツ。香ばしさと独特の甘さがあります。
タイラ ケーキやチョコレートなどお菓子によく使われるナッツの一つですよね。
MAHO 【ヴァレンティノ ビューティ】 のアナトミー オブ ドリームスコレクションの中に、ヘーゼルナッツアコードを効かせた「ビハインド ザ シーン」があります。
タイラ 7つの夢の解明という名前のコレクションで、ローマの荘厳な宮殿内の庭や階段や屋上などを舞台に、複数の著名な調香師が創作しています。「ビハインド ザ シーン」はたくさんの蔵書がある隠し部屋でしたっけ?
MAHO その通り。書庫のひんやりとした感じを、ベチバーの土っぽい、落ち着き感のある香りで表現し、そこにヘーゼルナッツの香ばしさとほのかな甘さが漂う「ウッディースパイシーノート」です。
食欲の秋にまといたいのは、グルマンノートの中でも香ばしさとほのかな甘さをもつ、ナッティな香り。チェスナッツやヘーゼルナッツをアクセントに効かせた香りだけなら、いくら嗅いでも太らない! 美味しそうな香りを嗅覚で味わい、食欲の秋を楽しんで。

幼少から香水の世界に魅了され、フレグランス企業や調香師に師事した経験を基に、香りの豊かさや楽しみ方をセミナーやイベントで発信。またブランドに属さない中立的な目線で行う、個々の魅力や可能性を引き立てる香り選びのアドバイスも人気。日本調香技術普及協会理事や日本フレグランス協会常任講師として、国内の香水文化の普及と発展に尽力。

取材歴30年。SPURのフレグランス企画の連載担当ライターとして活躍。この連載を機にフレグランスの世界に魅せられ、現在は資格取得を目指してフレグランスの歴史やトレンドを学び直し中。