気温と湿度が下がるにつれて、温もりある香りが恋しくなる。温もりある香りの代表として、よく耳にするアンバーノート。アンバーは琥珀? 琥珀って匂いはあった? などの疑問が沸々と湧いてくる。膨大な嗅覚のリファレンスを持ち、歴史ある名香から最新フレグランスまで幅広い知識を誇るフレグランスアドバイザーのMAHOさんに、話を聞いた。
もともとはアンバーグリスから生まれたアンバーノート
タイラ 10月も中旬。ようやく秋めいてきましたね。香りの世界も秋冬につけたい新作が続々。アンバーの新作が増えていませんか? でも、「そもそもアンバーって何?」と思う人も少なくないんですよ。英語だと琥珀ですよね。
MAHO はい、そうなんですが、香水のアンバーは、もともとアンバーグリスからきています。アンバーグリスとは、マッコウ鯨の結石のこと。それが鯨の体内から排出され、長い年月、海水を浮遊する間に太陽光にさらされたりして、出来上がったものなんです。
タイラ なるほど~。「アンバーグリス」で検索すると龍涎香(りゅうぜんこう)とも書かれていますね。
MAHO 空想上の生物である、龍。その涎なんて幻の二乗でしょ? アンバーグリスが海に浮遊していたり、波打ち際で発見されるのはそれぐらい珍しいことで、希少なんです。またアンバーグリスは中東で薫香や香薬として使われていました。その際に琥珀のような樹脂と一緒に焚いていたので、樹脂のその香りを【アンバーノート】と呼ぶようになったという説もあります。
タイラ 中東でアンバーといえば、【セルジュ ルタンス】から中東にオマージュを捧げた「ロワイヨームデリュミエール(光の王国)」というコレクションが発表されました。その中の【ボワロワダガロシュ】という香りが美しいアンバーノートですね。
MAHO 元来それぐらい希少でもあり、また後に捕鯨によって得られることもできなくなりました。仮に手に入ったとしても、香水に使うことは高価すぎて現実的ではありません。そこで香気成分である「アンブロックス」、「アンブロキサン」といった合成香料などで代替しています。
タイラ 【プラダ】の「パラドックス」はアンブロキサンを使っていますね。どちらかというと甘い香りの印象です。でもアンバーには少し塩気を感じるものもありませんか?
MAHO アンバーグリスの香りはどういうものかというと、マッコウというだけあって、お香のような、樹脂のような、パウダリーな香り。加えてそこに、塩気が感じられます。天然の場合は、この熟成し経緯や個体差による違いが生じます。対して合成の場合は、ブレンドするほかの香料によって、より甘くなるのか、スパイシーになるのかが変わってきます。
もともと、甘い香りはオリエンタルノートの要素の一部でした。しかし今、オリエンタルという言葉は「西洋から見た東」、「東洋という表現は分断を生むのでは?」という意見もあります。そこで、オリエンタルノートをアンバーノートと表現するような流れも出てきているんですよ。
タイラ なるほど~。でもオリエンタルノートという表現に慣れ親しんできたので、なかなか切り替えられません。【イソップ】の新作「アバヴ アス、ステオーラ」が従来のアンバーノートの甘さを控えて、カルダモンやフランキンセンスなどを合わせてよりスパイシーでドライな印象です。
フルーティ要素を加えた軽やかなアンバーノート
タイラ アンバーはベースノートによく使われるぐらい、持続性が長いし、重めだから、好き嫌いも分かれます。アンバーのニュアンスはあるけど、もう少しとっつきやすいものってないのかしら?
MAHO ありますよ。【サンタ・マリア・ノヴェッラ】の「アンブラ」。アンバー特有のお香っぽさだけでなく、ベルガモットの爽快さが添えられているのがイタリアのブランドならでは。
タイラ 本当だ。明るい抜け感がありますね。アンバー meets イタリアのシトラス! これはコロン主体のサンタ・マリア・ノヴェッラが出した初のオードパルファムコレクション、「ジャルディーニ メディチェイ(メディチ家の庭)」の中にあったものですかね?
MAHO そうです。ボトルの色も深いアンバーカラーでゴージャスなんです。
MAHO フルーティな要素を加えて、少し軽やかにしたアンバーでいくなら【フローリス】の「ゴールデンアンバー」もいいですよ。イギリスのブランドですが、このアンバーノートで表現されているのは北イタリアのガルダ湖で過ごす夕暮れどき。沈みゆく太陽の、ゴールデンアンバーの輝きを現した香りとのこと。
タイラ 甘さもあるけど、エキゾチックな重ためのアンバーではなく、軽やかなシトラスアンバーですね。
MAHO はい、フローリスらしく、気品あるフローラルの要素がミドルでしっかり香ります。そして、ベルガモットやカシス、フィグなどフルーツが使われているのも、湖のウォータリーなニュアンスを上手く表現していますね。
ミネラリーなニュアンスをもつ豪奢なアンバー
MAHO アンバーノートと言えば、忘れてはいけないのが【メゾン フランシス クルジャン】の「バカラ ルージュ 540 エキストレ ドゥ パルファム」です。
タイラ 確かに! 少しというか、個人的にはとてもお、お高く感じますけど……。やっぱりものすごくいい香りで、ローンチの際は「さすがクルジャン」と唸りました。
MAHO 香水名にある540は540℃という温度のことで、クルジャンはスーパーバカラルージュと呼ばれる、クリスタルに24Kゴールドを混ぜ、540℃で少しずつ溶かして生まれるこの深みのあるスカーレットレッドを香りで表現しようと試みたというの。
タイラ すごい発想。クリスタルの硬質さと赤の色彩。炎と氷のような二面性を、甘いのにミネラル感のあるアンバーノートで表現しているのね、天才的!
MAHO 本当に。アンバーグリスが本来持っているミネラリーなニュアンスをしっかり出し、フローラルやアンバリー、ムスキーと複数のノートを組み合わせた贅沢な香調です。
バニラや樹脂の甘さとスパイスが混じり合って作られるアンバーノート。甘さと塩辛さ、そしてスパイシーさが醸し出すセンシュアルなムード。フレグランスを極めていくと、この捉えがたさに人は沼ってしまうのだろう。コートやセーターを着る季節に、お気に入りのアンバーノートで肌に温もりを添えて。

幼少から香水の世界に魅了され、フレグランス企業や調香師に師事した経験を基に、香りの豊かさや楽しみ方をセミナーやイベントで発信。またブランドに属さない中立的な目線で行う、個々の魅力や可能性を引き立てる香り選びのアドバイスも人気。日本調香技術普及協会理事や日本フレグランス協会常任講師として、国内の香水文化の普及と発展に尽力。

取材歴30年。SPURのフレグランス企画の連載担当ライターとして活躍。この連載を機にフレグランスの世界に魅せられ、現在は資格取得を目指してフレグランスの歴史やトレンドを学び直し中。