コム デ ギャルソンから届いた新しいフレグランスは、マルセイユ石鹸のにおい。清潔感と地中海の海辺の風を、そのまま透明の四角いボトルに集めたような新作です。
このボトルを手にした瞬間、脳裏に蘇った香水があります。1998年作のODEUR 53。自分自身、特別に思い入れのある理由は第一に、「体臭」という意味合いのネーミングの破壊力。そしてアンチ・香水とも解釈できる「空気を創る、人間を取り巻く環境を創る」というコンセプト。
この香水の作り方はこうです。「固定段階ミクロ抽出法」という処方技術を駆使し、特殊な繊維針を抽出元のオブジェに近づけて、香りの分子を採取。それを化学式として紐解いたのち、人工的にその芳香を再構築するという過程を経て生まれたのが、ODEUR 53というフレグランスでした。自然由来素材を直接的には成分として大量に消費しないわけですから、ある意味エコなアプローチです。しかも採集元、つまりインスピレーションソースとなるのは花崗岩やネイルポリッシュ、風の中の洗濯ものなどさすがコム デ ギャルソン、一筋縄ではいかない53種類の素材。世の中のさまざまなモノの匂いのクローンを集めたフレグランスは、香水の世界の中でひとつの分岐点を記しました。人生のなにげないシーンを呼び覚ましながら想像力を刺激し、しかもまとう人によって異なる香り立ちとなるこのフレグランス、私の場合は石鹸で洗ったばかりのブリキみたいな匂いなんですよ。清潔感はあるのに尖っている、その独特の風合いが気に入って1本使い切り、もう1本買い足したボトルがこちら。超然とした堅牢なボトルは、誕生から20年を超えてもかっこいい。
マルセイユとの出会いになぜODEUR 53を思い出したかというと、ともに「ウッディな石鹸」という共通項が見えたから。トップはマルセイユ石鹸と、フレッシュなネロリ。音符で語るならハイトーンな幕開けです。透明感と爽やかなオーラを振りまきながら、マルセイユはフローラルやライチや柑橘が奏でる甘やかな第二章へとつながり、アンバートーンのアンブロフィックスやムスクが主役のウッディなドライノートへ旋律をつなげます。ODEUR 53の特長でもある金属的なエッジはないし、フルーティな味つけという面でも芳香はまったく違います。そもそもの製造方法も異なるものの、じつは香料のアンブロフィックスは製造過程においてサステイナビリティを実現した成分としても注目されていて、共に声高に謳わないものの環境負荷に配慮した側面が奇しくもあるという点。そして、進行中のニューノーマル下で、欠かせなくなった生活衛生品を思い起こさせる石鹸というヒント。以上の2点において、意識下に訴える魅力的なフレグランスとして点と点が私のなかでつながり、この秋、現れたのがマルセイユなのです。
コム デ ギャルソンのマイ・フレグランスコレクション。時代ごとの記憶が呼び覚まされるから不思議です。
マルセイユから遠く離れて。時と距離を旅しながら、とびきりの透明感あふれる石鹸の空気が届きました。