「まるで空気」「透明感が抜群で」「水のような」。この類の説明文に弱い体質です。「薄口」グリーンフローラルの魅力に常に心を捕らえられていて、それは爽やかな人物像への永遠の憧れのせいかもしれません。そして、いわゆる香害への恐怖心も。
でも、心の奥底では「濃い口」フレグランスへの切望がたぎっていることに最近気づいたんですよね。香水ですもの、がつんと香って何が悪い。未来がまだ不透明な厳冬の今こそ、人に会えない状況を活かすひとつの方法でもあるんじゃないか? 心がぐらぐら揺れる今こそ、抗えないほどの芳醇なフレグランスに支えられたい。きんと冷えるこの季節、自分の領域をえいやっと飛び越えて密かに付き合っている「コクのある香り」ベスト3が、こちらです。
先発はキャロン。典型、平凡、ミニマリスト、そのいずれとも一線を画した、大胆で力強いブランドです。誕生は1904年、パリ。ロスチャイルド財閥が買収後、ブランドリニューアルを経て昨年、日本に再ローンチしました。注目したいのが、専属調香師を有するメゾンならではの、勇往邁進なクセ。キャロンといえば初代調香師エルネスト・ダルトロフが放ったスマッシュヒット「タバック・ブロン」が有名ですが、この名作は第一次大戦後、煙草を手に街をゆく近代的なフラッパーガールたちに捧げた個性派シプレでした。
一世紀以上のときを経て、現在の「鼻」ジャン・ジャックが創り出したタバックの最新形態が、「タバック・エクスキ」。何が新しいのか? それはタバコやレザーは骨幹に残しながら、グルマンな要素・チョコレートがトッピングされた点。おとなの嗜みと表現するに相応しい馥郁とした禁断のフローラル・アンバーがずん、と丹田あたりに響くんです。エアリーな香水でどこか弛んでしまった我が嗅覚に、ずばんと直球ストライクを投げ込まれた感覚。くせになります、もういやというくらいに。凄みを感じるもうひとつの理由が、10代のときに憧れていた同級生がタバック・ブロンを愛用していたという超個人的な背景なんです。長~いときを超え、あの系譜を辿りながらも、とびきりのゴージャスな甘みを携えてタバックが戻ってきた。しみじみ、でもきゅんきゅん、というややこしい無限ループを引き起こすオードパルファンに、雰囲気ある冬の室内照明が、不思議と心地よく映えるのでした……。
クセで負けてないのがオレンジ色のトム フォードです。名前からして破壊力。興味がある人はスラング語辞書で調べてみてください…。ユーモアなのか真剣なのか、いや後者だと思うのですが、とにかくドギマギするメッセージがこの名前に込められています。ちなみにこの1月、この香りからインスパイアされたアイシャドウパレットも誕生しましたが、やはりパッケージはオレンジ調のピーチ色。
香調はアンバーバニラ。トップはピーチの酸味、そしてシシリアンブラッドオレンジ、と果糖たっぷりめのフルーティが弾けます。シロップをねっとり味わうようなフェーズのあとには、コニャックやラムに酔いしれるミドルノート。ベースには白檀などのウッディが香り、トンカビーンが甘さを上乗せ。
可愛くて茶目っ気たっぷりだけれど、一筋縄ではいかない禁断の甘さが肌を支配します。夢では終えさせてくれないグリップの強さは、やっぱりトム。甘いデザートの代わりに、夜更かしのお供になってくれる特別なフレグランスです。
アンバーの王様が、オイルになりました。旅ができない今、心をマラケシュの旧市街にワープさせてくれる異国情緒たっぷりの名作が、「コンフィ パルファム」という新しい形態に変身。肌にキラキラのつやめきを演出しながら、見えない香りのセカンドスキンをまとわせるという、ルタンス先生の新しいマジックです。
アンバーと安息香がぴったり肌にステイして、目を閉じればもうそこはエキゾチックな街並みですよ。香り立ちだけじゃなく、肌をあたたかに潤わせる……新しい真冬の贅沢です。
2年間のニュー・ノーマルで、東京に香りの新時代が到来しました。もっとパーソナルに、自由にフレグランスを楽しんでいい。濃い口も薄口も、自分の感覚に素直になれるきっかけや、癒しのひとときを香りは運んでくれる……ひとりの時間に気付いたことの、ひとつです。