視覚、眼差し/顔立ち、居場所/あなたがどういう立場にあろうとも/世界を見つめるとき、私たちには無限の見方というものがある――エルメスのアイメイクアップコレクションの発表会は、詩的なサウンドインスタレーションから始まった。
場所はパリのフォーブル・サントノーレ、ブティック階上にある、一般未公開の博物館。エミール・モーリス・エルメスが収集した馬や旅にまつわるさまざまなオブジェが陳列された小さなミュゼは、エルメスの職人たちのインスピレーションの泉になっている。
眼差しの先にあるもの、それは
発表会の狙いは、端的に新製品を展示することではない。それが、エルメスがエルメスたる所以だ。目的はたったひとつ、眼差しの本質を掘り下げる旅に我々を連れ出すこと。旅路に必要なもの、トラベルキットがまず私たちを出迎える。カトラリーや肌のお手入れ用品が見事に収納された携帯用の木製ボックスの数々。「用の美」を凝縮した佇まいに見惚れるそばで、ナレーションが語り掛けるのだ、「美とは/見る者の目の中にあるのです」と。
フィリップ・デュマがデザインしたステンドグラス「競馬の情景」が放つ光に導かれて歩を進めた先にあるのは、覗きからくりや、幻灯機、そしてアナモルフォーシス。
私のお気に入りがこれだ。名前を嫉妬の望遠鏡、という。ガルーシャをまとった端正なスコープは、正面を眺めているようで実は真横を覗き見できるケシカラン代物で、「不謹慎な望遠鏡」という別名も、実に良い。浮気者の誰かがオペラの観劇中、並びのイケメンをこれで観察した光景が浮かんで、今も昔も同じだな、なんて嬉しくなってしまう。
光の屈折やギミックに、私たちの眼差しは試される。未知の美しさを見せてくれる一方で、目の当たりに広がる景色は、ときに私たちを欺き、妄想力と好奇心を刺激する。つまり、物事には私たちが見たいものや見えるものを凌駕する本質がある、というシンプルな真実を、エミール・エルメスの宝物は、いとも軽やかに教えてくれるのだ。
見えないものに、かたちを与えて
ミュゼの旅を終えた先に、グレゴリス・ピルピリスが現れた。ビューティ部門のクリエイティブ・ディレクターだ。「世界を活き活きと見つめることができる人、ひらかれた眼差しをもった人。ルガール エルメスは、そんな人たちに新しいしぐさをもたらします」
彼が質感をイメージするうえで道標となったのが、カレ。「光沢のあるシルクツイルのテクスチャーが、表情を明るく演出します。いずれも軽やかに動く影や、審美的な遊びをもたらす色を意識しました」
ギリシャで育ったグレゴリス。大自然を愛し、カラーにも季節や光の移り変わりを表現している。「オンブル・フォーヴは、ギリシャの夕暮れが着想源になっています。3つのカラーと、アクセントカラーでパレットは構成されていますが、強いアクセントカラーはアクセサリーのようにまとうこともできるのです」
「用の美」を体現すべく、いずれのパレットもレフィル可能(レフィルは発売時期未定)。バウハウスに着想を得た実用性なグラフィックは、ピエール・アルディの自信作だ。
マスカラのブラシのかたちは、H
「絵画を描くデッサンの過程で、大切なのが線です。目を大きく開き、光を取り込む大事なジェスチャーを演出するにあたって、処方とブラシの質にこだわりました。結果、まったく新しいオブジェが完成しました。エゴイストなディテールかもしれないのですが、ブラシは先から見るとHのかたちになっています。窪んだ側を使ってボリュームを出すことのできる、機能的なデザインです」
色はいずれもエルメスに由来のある6色。視線をぱっと明るくする新しいオブジェは、サテン仕上げのゴールドのボディも雰囲気たっぷり。
エルメス ビューティの物語、その最終章が今、ゆっくりと滑り出した。目を見開いて、眼差しを世界へ。本来は見えざる「視線」に、そして本質に、光を。
新しいオブジェと、新しいしぐさの軌道が美しく交わる瞬間を、私たちは見逃してはならない。
おまけ。四角と丸のカラーからなるオンブル ドゥ エルメスにちなんで、パリ滞在中にこんなギフトが届きました。チョコレートのオーソリティ、楠田枝里子さんも絶賛のパトリック・ロジェのチョコレートボックス。こういう茶目っ気も、エルメスらしいところ!