新鮮です、妄想「文字だけレシピ」 #深夜のこっそり話 #721

夜眠れないとクローゼットの大整理を始めてしまう人もいるようですが、私が最近寝る前にはまっているのがこの本。シャンソン歌手・石井好子さんの『東京の空の下オムレツのにおいは流れる』です。名著『巴里の空の下オムレツのにおいは流れる』の姉妹編で、石井さんのパリ暮らしのできごとや大家さんの思い出の料理を記した『巴里の空の下……』から20年後、これまた日々の料理や旅先での思い出の一皿などがふんだんに記されたエッセイです。

巷にはシズル感たっぷりの料理本や、今晩のおかずに困ったときのレシピサイトなど、美しく、わかりやすい写真の添えられた料理本&サイトが数限りなくありますが、この本には写真が一枚も載っていません。なのに行間から漂ってくる香ばしい「バタ」の香り。読み進めていると、自他ともに認める食いしん坊の石井さんが、行く先々で目にした珍しいもの、おいしかったもの、そして時には失敗したもの……を、一緒に見て、においをかいで、すっかり食べた気にすらなることも。そのリアルさを支えているのは、圧倒的な観察力です。本の中には「バタ」だけでなく、「ピツァ」「ズキニ(ズッキーニ)」「フィッシャンチップス」「パエリャ」など、石井さんが耳にしたそのままを文字にしたと思われる食材や料理の数々が登場します。その好奇心と探求力でもって、ストレートにわかりやすく、石井さんの感想も織り交ぜながら生き生きと綴られるレシピは“これはおいしくないはずがないだろう”というものばかり。美しい文章がこんなにも想像の翼を広げるのか、という素晴らしいお手本です。お皿いっぱいにあふれる赤や黄色や緑の食材を思い浮かべ、大好きな食べ物の話で頭をゆるゆるとほぐしながら、明日の朝はエシレの「バタ」をたっぷり塗ったトーストにしよう……と眠りに落ちるのは至福のひととき。おすすめです。(エディターMT

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