京都の世界遺産、二条城で開催中、【アンゼルム・キーファー展】で息を呑む体験をしてきました #深夜のこっそり話 #2194

最近京都に行った人たちが、こぞって「絶対観るべき」と絶賛している展覧会、「アンゼルム・キーファー:ソラリス」に行ってきました。現代アートへの造詣の浅薄さはお恥ずかしい限りなのですが、実際に足を運んでみると、ただただ圧倒されるばかり。一つひとつの作品を前に立ち尽くしてしまうほどでした。言葉にできない感動を、どうにか言葉にしてみようと思います。

戦後ドイツを代表する現代アーティストのアジア最大規模の個展

アンゼルム・キーファー 『アンゼルムここにありき』(2024)
『アンゼルムここにありき』(2024)

会場は、元離宮二条城の二の丸御殿台所・御清所。京都を代表する世界遺産を舞台に、戦後ドイツを代表する世界的なアーティストの作品33点が展示されています。キーファーさんの個展としては、今回がアジア最大規模とのこと。自然光以外の照明を排した、薄暗く重厚な空間に、巨大な絵画やオブジェが並びます。日本の歴史的な建造物に、ヨーロッパの現代アートが調和するのか? そんな疑問や先入観を軽々と吹き飛ばしてしまう、じつに壮大な光景です。

アンゼルム・キーファーの作品『谷間に眠る男』(2013)
『谷間に眠る男』(2013)

アンゼルム・キーファーさんは、第二次世界大戦終結の年である1945年3月生まれ。戦後ドイツの荒廃した街で幼少期を過ごし、大学で法律を学んだ後に芸術の道へ。父親がナチス政権に従軍していたこともあり、初期の頃はナチズムを主題とした作品に取り組んだことでも知られています。1969年に発表された、ナチス式の敬礼をする挑発的なセルフポートレイトシリーズ『ヒロイック ・シンボル』が物議を醸しながらも、世界的に認められる存在に。ドイツ社会でタブー視されてきた負の遺産に、真っ向から立ち向かう作品を数多く制作してきました。彼が扱うテーマは、戦争の記憶や歴史の重みだけにとどまらず、神話や哲学、宇宙論にまでおよびます。どこまでもスケールが大きいアーティストなのです。

壮大な規模の絵画と彫刻

アンゼルム・キーファーの作品『ラー』(2019)
高さ9メートルを超える彫刻『ラー』(2019)。

展覧会のタイトルにある「ソラリス」は、ラテン語で「太陽に関する」という意味。太陽は、キーファーさんのさまざまな作品に登場するモチーフでもあります。二の丸御殿台所の前庭で来場者を出迎える、巨大な鳥の彫刻『ラー』(2019)もそのひとつ。高さ9メートル超えの本作は、鉛で作り上げられ、胴体がパレットの形をしています。翼を広げて大空へ羽ばたこうとする一方、大蛇によって地上に縛られている。その様子はまるで、地上に生きる人間の苦悩を表現しているかのようです。

アンゼルム・キーファーの作品『オクタビオ・パスのために』(2024)
本展初公開の新作『オクタビオ・パスのために』(2024)

台所の中に足を踏み入れると、本展初公開の新作『オクタビオ・パスのために』(2024)が目の前に迫ります。幅10メートルほどの超大型キャンバスに描かれているのは、原爆が投下され、焦土と化した街の景色。画面中央あたりには、悲鳴をあげる人物の苦悶の表情が逆さまに浮かび、恐怖にのみ込まれてしまうような感覚に陥りました。

画面上部にわずかにのぞく黄金色の空には、メキシコの詩人、オクタビオ・パスの詩の一節「一方は他方であり、そのどれでもない うつろな名前のままで過ぎ去り、消えていく 水と石と風よ」が引用されています。

80年前の悲劇を決して繰り返してはならない。キーファーさんが作り出す強烈なイメージとともに、網膜と心にしっかりと焼き付けました。戦争の悲劇を知らない私たちこそ、観る必要がある作品です。

京都の世界遺産、二条城で開催中、【アンゼの画像_5
『オクタビオ・パスのために』(2024)の表面

作品の規模の大きさに加えて、素材使いも見どころ。迫力ある絵画には、絵具や金箔以外にスチールや岩石などのさまざまな物質が使われていて、実物を見ると彫刻のように立体的であることがわかります。力強い筆致で描かれた作品は、どれも生きているかのよう。思わず触れてみたくなりました。

アンゼルム・キーファーの作品『デーメーテール』(2014)
『デーメーテール』(2014)

圧巻! 麦の穂のインスタレーション

アンゼルム・キーファーの麦の穂のインスタレーション『モーゲンソー計画』(2025)

奥の部屋に広がるのは、数千本におよぶ麦の穂のインスタレーション『モーゲンソー計画』(2025)。キーファーさんが強い影響を受けたというゴッホの麦畑の絵画を彷彿させるそれは、第二次世界大戦中にアメリカ財務長官のヘンリー・モーゲンソーが立案した、ドイツの非工業化(農地化)計画に着想を得て作られました。

アンゼルム・キーファーの作品『ヨセフの夢』(2013)
『ヨセフの夢』(2013)
京都の世界遺産、二条城で開催中、【アンゼの画像_9

麦の穂は一見すると美しい金色ですが、よく見ると黒く焦げたものが混じっています。砂の中にもいろんなものがちりばめられているので、ぜひ会場でじっくりと観てみてください。ホロコーストや敗戦といった戦争によるトラウマを、生々しく想起させる作品です。

古代の女性たちを称えるドレスのオブジェも

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(左から時計回りに)絵画『弦理論』(2019-23)、彫刻『プトレマイス』(2002-10)、絵画『ボソン開放弦』(2023)、彫刻『スムスム・コルダ』(2018-24)

二条城の屋内外に展示されている、ドレスのオブジェの作品群にも強く惹かれました。ドレスの上部には、DNAのらせん構造や天体、書物など、それぞれ異なるモチーフが添えられています。どういうことなんだろう?と思いながら音声ガイドを聞くと、「古代ギリシャ・ローマの時代に、哲学や科学、医学、芸術の発展に貢献したにもかかわらず、正く評価されなかった女性たちを称えている」とのこと。音楽理論家のプトレマイスや詩人サッフォーといった偉人たちの姿を表現した、アヴァンギャルドな佇まいに静かに興奮しました。

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中庭に展示された、鉛やスチール製のドレスの彫刻。(左から時計回りに)『サッフォー』(2024)、『シェキナ』(2024)、『ソラリス』(2024)、『ダリア』(2024)

会場内に作品の解説文はいっさいありません。でもその不親切さが、かえって想像の余地を与えてくれるように思います。「とにかく、観て感じろ」とキーファーさんに言われているようでした。とはいえ解説を聞きたくなったら、キーファーさんの盟友、田中泯さんの渋いナレーションによる有料音声ガイド(800円)をぜひ。「アンゼルム・キーファーの感性は生きています。あなたも生きています。ふたつの命が出会ったとき、何がそこで起きるのか。私はとても楽しみです」という冒頭の言葉に高揚しました。

会期は6月22日まで。貴重な機会をどうぞお見逃しなく。なお、会場内は素足やストッキングで入場することができませんので、お知りおきを。そろそろ素足でサンダルを履きたい時季になってきましたが、必ず靴下を履いていくか、持参するようにしてくださいね。

アンゼルム・キーファー:ソラリス

会期:2025年6月22日まで
会場:元離宮 二条城 二の丸御殿台所・御清所
住所:京都市中京区二条通堀川西入二条城町541
開場時間:9:00~16:30(二条城は8:45~17:00)※入場は閉場の30分前まで
休館日:無休
料金:一般 2,200円 / 京都市民・大学生 1,500円 / 高校生 1,000円

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エディターHAYASHI

生粋の丸顔。あだ名は餅。長いイヤリングと丈の長いスカートが好き。長いものに巻かれるタイプなのかもしれません。

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