「なんのために生まれて、なにをして生きるのか。答えられないなんて、そんなのはいやだ!」子どもの頃は無邪気に歌っていたアンパンマンのマーチが、これほど心に響く歌詞だったとは。大人になったいま、噛みしめるようにそのフレーズを反芻しています。
貴重な原画約200点が集結する、やなせたかしさんの大規模巡回展

会場の入り口では、可愛い看板がお出迎え
京都で開催中の「やなせたかし展 人生はよろこばせごっこ」に行ってきました。連続テレビ小説「あんぱん」の主人公のモデルにもなった、アンパンマンの生みの親、やなせたかしさんの大規模巡回展です。ちょうど3連休の中日だったこともあり、チケット購入にも入場にも行列ができていて、さすがの盛況ぶりでした。平日ならもう少しスムーズかもしれません。
展示は撮影不可だったので、ぜひ会場でじっくり見ていただきたいのですが、約200点の原画が集う、見応えたっぷりの内容でした。ウィットに富んだ4コマ漫画から、迫力ある大型のタブロー画まで、一つひとつの作品をたどっていくと、やなせさんがいかに多彩に活動されていたかがよくわかります。漫画家であり、詩人であり、絵本作家であり、グラフィックデザイナーであり、編集者でもあり……マルチタレントと評されたやなせさんの人生が、展示を通じて紐解かれます。
アンパンマンは、おじさんだった?

撮影OKだった、アンパンマンとばいきんまんのイラストタペストリー
個人的に印象深かったのは、アンパンマンの制作秘話を知れたこと。1969年に「十二の真珠」という小作品集に初めて登場した初代アンパンマンは、パンのヒーローではなく、戦争で飢えている子どもたちにあんぱんを配る、ぼろぼろのマントを着た貧しいおじさんでした。その後、おじさんがパンを届けるよりも、パンそのものが飛んだら面白いんじゃないか、というやなせさんの抜きん出たアイデアにより、今のアンパンマンの原型が生まれたそうです。
自分の顔を食べさせて、ひもじい人を救う正義のヒーロー。世代を超えて愛され続けるアンパンマン誕生の背景にあったのは、壮絶な戦争体験でした。戦地で経験した飢えの苦しみ、それまで信じていた正義が簡単に逆転すると知った衝撃。生き残った自分の進むべき道はどこにあるのか。本当の正義とは何なのか。やなせさんがたどり着いた答えは、「献身と愛」でした。お腹をすかせて困っている人がいたら、その人に一片のパンを分け与えて助ける。それこそが普遍的な正義なのだと、やなせさんは確信しました。
必殺技はアンパンチだけ。顔が水に濡れるだけで力が出なくなる、最弱のヒーローです。「ほんとうの正義というものは、けっしてかっこうのいいものではない」。会場にあったやなせさんの言葉に、深く感じ入りました。
ちなみに、アンパンマンが絵本として発表された当初は、顔を食べさせるなんて残酷だという批判もあったそうですが、そんな声をよそに、子どもたちの熱烈な支持を得て大ヒットしたという逸話も。画風の変遷もあわせて、知れば知るほどアンパンマンが好きになります。
「七色の作家」といわれる所以

やなせさんの等身大パネルと写真が撮れるフォトスポットも
やなせさんといえばアンパンマンのイメージが強いですが、「七色の作家」といわれるほど多才だったことは、先述の通り。やなせさんの仕事を語るうえで欠かせないのが、30年にわたり責任編集長を務めた雑誌「詩とメルヘン」です。これまでに刊行された全号の表紙絵(300枚以上ありました)がずらりと並んだパネル展示には、静かに興奮しました。
1973年に創刊し、2003年に惜しまれながら休刊するまで、やなせさんがすべての号の表紙絵を描き下ろしました。どの絵も明るくて、不思議で、観ているととてもやさしい気持ちになる、まさに、やなせワールド。「5月だからおいしいエビ料理でも食べに行こうか」「わけもなく、なぜか眼下の海が見たい」など、それぞれの絵につけられた詩的なタイトルにも心を奪われました。
そのほかにも、子どもの頃から大好きな絵本「やさしいライオン」の原画や、誰もが知っている童謡「てのひらを太陽に」の作詞にまつわるエピソード、朝ドラでもお馴染みの「絶望のとなりは希望」を謳った自筆詩と挿絵など、見どころは満載です。展示のタイトルにもなっていますが、やなせさんは人を「よろこばせる」ことに並々ならぬ情熱を注ぎ、生き抜いた人なのだと、展示を通じてひしひしと感じました。

グッズ売り場で購入した、やなせたかし記念館の公式図録¥2,420
グッズ売り場では、やなせたかし記念館の公式図録を買って帰りました。家でページをめくりながら、展示の余韻に浸っています。冒頭の挨拶文の一部を、ここに引用します。
たとえこの世がつらいとしてもうなだれているのは好きじゃない。
僕の絵の具はいつも明るい。
ごく子どもっぽい絵を描いてほとんど尊敬されることもなくここが人生の終点と覚悟しています。
それではどうぞごゆっくり。
またお逢いできる日を楽しみに。
一度でも、一瞬でもいい。お逢いしたかったです、先生。
やなせたかし展は8月末まで。夏の京都は灼熱ですが、ぜひ足を運んでみてください。観終わった後は、きっと元気100倍になるはずです!