沢木耕太郎さんの旅を追体験。【旅のつばくろ】に乗って、軽やかに出かけたい #深夜のこっそり話 #2110

折に触れて読み返したくなる本が何冊かあります。沢木耕太郎さんのエッセイ『旅のつばくろ』もそのひとつ。コロナ禍でどこにも出かけられなかったとき、「せめて旅気分だけでも」と思い購入しました。

移動は主に鉄道。ぜんぜん飛ばない『旅のつばくろ』

沢木耕太郎さんのエッセイ『旅のつばくろ』
タイトルの「つばくろ」とはツバメのこと。横山雄さんによる題字とイラストが入ったクリーンな装丁に惹かれました。素敵だなと思ったら、やっぱり新潮社装幀室のデザイン。

JR東日本の新幹線車内誌『トランヴェール』での連載をまとめた一冊です。国内旅という身近な“非日常”が、ステイホームにうんざりしていた当時の私にはちょうどいい刺激になりました。

41編からなるショートエッセイ集。車内誌の連載だけあって、移動手段はもっぱら鉄道です。「つばくろ」なのに、ぜんぜん飛ばない。そこもまた愛おしい。

目的地に行く前に寄り道したり、ふらっと飲み屋に入ったり、タクシーの運転手さんと何気なく会話したり。気ままな旅路では、さして特別なことが起きるわけではありません。でもそんな“ありふれた”旅も、沢木さんの記憶とともに紡がれることで、じつに尊い物語になるんです。

16歳のときの一人旅で、怖気づいてたどり着けたなかった龍飛岬、輪島で見た美しい夜の棚田、永六輔さんと待ち合わせした秋田の平野政吉美術館。訪ねた先での思いがけない出会いや発見、沁み入るエピソードが、沢木さんの軽妙かつ温かな筆致で綴られます。

旅の余韻に浸るかのような読後感

沢木耕太郎さんの旅を追体験。【旅のつばくの画像_2
ドッグイヤーのついたところを読み返す時間も贅沢なひと時。

しばらく本棚に置いたままだったのですが、今年の正月休みにふと手が伸び、久しぶりに再読したら、やっぱりすごく良かった。沢木さんとともに旅をしているような気持ちになり、読後はなんとも言えない多幸感に包まれました。

「沢木さんの本は『深夜特急』以外に読んだことがない」と言うパートナーに、半ば強引にこの本を貸したところ、いくつものドッグイヤー(ページの角につけた折り目)がついて返ってきました。その箇所をまた読み返しながら、「この話素敵だよね」と感想を述べ合う時間は、まるで旅の余韻に浸っているかのよう。同じ作品を共有することで心の距離が縮まったような感覚もあり、思いがけず充実した読書体験になりました。

新幹線の座席の窓際に『旅のつばくろ』をたてかけた写真
新幹線での移動のお供に。

作中では、23歳からライターとして活動を始めた沢木さんの仕事に対する誠実な姿勢が伝わるエピソードも盛り込まれています。編集者のはしくれとして、読みながら背筋が伸びる思いがしました。

強く心に響いた箇所を、最後に。駆け出しのライター時代の沢木さんが、永六輔さんに秋田からの列車の中で取材をした話です。

私がまとめたインタヴュー記事に永さんが満足してくれたかどうかはわからない。しかし、いまの私には、あれは永さん流の『レッスン』だったのではないかという気がしないでもない。ジャーナリズムにおいても、こちらが情熱をもって事に当たれば、人を動かし、現実を動かすことができるということを教えてくれるレッスンだったのだと。

どんな状況でも、情熱を示せば人を動かせる。沢木さんに「君も頑張りなさいよ」と活を入れてもらったような気持ちになりました。

今回紹介した書籍はこちら

書籍名:『旅のつばくろ』(新潮社)
作者:沢木耕太郎
価格:¥1,100

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エディターHAYASHI

生粋の丸顔。あだ名は餅。長いイヤリングと丈の長いスカートが好き。長いものに巻かれるタイプなのかもしれません。

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