ファッションがジェンダーレス化する中、フレグランスでももはやメンズ用、レディース用と分けることが無意味になりつつある。ユニセックスとひとつに固定するのもナンセンスなのだ。男性が女性っぽい香りを使うことも、女性が男性っぽい香りを使うことも今や自由な時代なのだから。
稀代の天才調香師として世界から注目を集めるフランシス・クルジャン。彼の新作はまさにジェンダー フルイディティ(流動的なジェンダー)をテーマにしたもの。香水名はGentle Fluidity 。Gentle (= 温和な)はブランドの哲学でもある博愛を、Fluidity (=流動性)は制限をかけられることのない自由なクリエイティビティを指し示すもので、この2つの香りは私たちが絶対的な命令に従う義務はなく、自由に個性を表現できるものだという、現代のジェンダーに対するクルジャン氏の答えなのだ。気になるその新作について、来日した彼にインタビューをして、詳しく伺った。
同じDNAで違う香りを創る。クルジャンの挑戦
── 新作の香りがユニークなのは49種類の全く同じ香料を使いながら、全く香りの異なる2つのフレグランスである点。驚きました。
クルジャン(以下K) 「おそらく世界で初めての試みだと思います。二つの香りのDNA は同じですが、ひとつは爽やかでみずみずしい香りに、もうひとつはよりセンシュアルで芳醇な温もりのある香りになっています。
同じ素材を使っても違う香りを創ることは、例えるならデザイナーがシルクという素材からネクタイを作るのか、スカートを作るのか、といったようなことに似ています。49 種類のうち、メインとして使ったのがジュニパーベリーエッセンス、ナツメグエッセンス、コリアンダーシードエッセンス、ムスク、アンバーウッドにバニラアコードです。
例えば、アルコールのジンのような躍動感を感じるジュニパーベリー。これをまたテキスタイルに例えると、たくさん使えば表地になるし、少量しか使わなければ裏地になる。そのぐらい使用する量を変えることで香りは大きく変わるのです」。
── 今まで誰も思いつきもしなかったユニークな挑戦。決められたルールに則らず、型破りともとれる調香。フランシス・クルジャンの出現によって香水の世界には“ニッチラグジュアリー”という新しいカテゴリーが生まれたように、同じ名前を共有する2つの異なる香りは今の時代に新しい価値観を提示しているようですね。
K 「現代社会はますます複雑になっていますよね。昔よりは自由であると同時にグローバリゼーションが押し寄せ、自由を標榜すべき民主主義が息苦しくなってきています。
世界各地で自由が抑圧される傾向を感じています。私のメゾン以外にもニッチラグジュアリーなカテゴリーの香りが増えてきているのは、広告やマーケティングといった今までの香水の創り方や売り方に行き詰まりが出てきた結果なのではないでしょうか。
よりパーソナライズしたもの、素材へのこだわりなどを見せるといったことでの差別化が求められているのです。ただミニマルだからといって、必ずしもそのブランドがいい香りを創っているとは限らないのが難しいところですが……」。
創る香りがどれも透明感あふれる秘密は何か
ジェントル フルイディティ シルバー オードパルファム ¥24,600(税別)※2月6日(水)発売
マーケティングに屈しないことはもとより、意外なことにクルジャン氏には特に好みの香料があるわけではないと言う。
彼にとっての調香はコンセプトに沿って、それに合う香料を厳密にピックアップし、頭に思い描いた香りを具現化していく作業。ジェントル フルイディティに関しても、使われているメインの6つの香料は彼がフェティッシュにこの香料が好きという理由で選んだものではなく、あくまでも同じ名前を持つ、異なる二つの香りを創るうえでぴったりの香料がこれらだったというのが事実だ。
── そんな風にして作った2種のフレグランス、gentle Fluidity とGentle fluidity 。目で見てすぐに気づいていただけたろうか。同じ名前でありながら、異なる香りである二つを区別するために大文字で示す位置が変えられているのだ。
K 「残念ながらこのちょっとした名前の遊びは日本語の呼び名では表現できないので、ゴールドとシルバーをつけて区別することになりました。でも、それが日本語のよさなのだと思います。毎回、成田や羽田に着くたびに、空港のカーペットがなんてきれいなんだ、これぞ日本だと感心するのです。お金持ちでなくても美しいものに触れられるのが日本の素晴らしさ。たとえ安価なものでもきちんとつくられているのがすごいですよね」。
── 日本のクリーンさを絶賛するクルジャン氏。創る香りがどれも濁りというものを全く感じさせない透明感あふれる秘密は何ですか(一説によると彼が使う香りはとても香料が絞られているとも聞くが本当だろうか……)。
K 「そう言ってもらえるのはとても嬉しいですが、なぜそのように透明感を感じていただけるのかはわかりません。クリーンな日本が好きだからでしょうか(笑)。ただ使っている香料の数が少ないからすっきりしているというのは違います。
もちろん、余計なものを入れることはしませんが、思い通りの香りを創るためには必要だと考える香料をすべて使います。それが多数になるときもあれば、すごく少なくなるときもあります。言ってみれば俳句とプルーストの長編のようなものではないでしょうか。31 音しか使わないで表現する俳句のミニマルな世界も大量の言葉を費やしてしか表現できない小説もどちらも素晴らしいわけです。
たくさんの色を重ねて創り出すモネの絵と数色しか使わないモンドリアンの絵もそうですね。素晴らしい芸術というのは、現実の世界からひとつ上の高みへ持ちあげられるような心持ちになりませんか。
そうした気持ちはとても澄んだもの。それを透明感と感じていただけているのではないでしょうか。ダンサーが複雑な動きをしていても、見ている人にはその一つ一つの動きは見えてはいません。ただ美しい、素晴らしいということしか、わからないのです」。
── 若き頃、バレエダンサーを志していたクルジャン氏が調香師になって早25 年。クルジャン氏にとって香りとはどういうものですか。
K 「香りは現代社会にとってますます重要なものになっていくのではないかと思っています。AI が発達していく今後、生身の人間と機械を区別するもの。機械と人間の違いは人間がモノを食べるということ。
食べることは舌で食べ物を取り込むことだけを指すのではなく、香りや匂いまで含めて味わう行為ですから。今、フランスのパスツール大学では嗅覚を使ってアルツハイマーを治せないかという研究もされているんですよ。ギリシャ哲学の時代は動物と人間の違いは嗅覚とされてきました。動物よりも嗅覚に頼らずに生きていけるという理由で人間は高等と されてきました。 しかし、科学の発達により、嗅覚は人間が生きていく上でとても大事な器官だとわかってきたのです」。
── そんな大切な嗅覚の能力を鍛え上げ、香水を創り上げるクルジャン氏。欧米に比べて、香水をつける人が圧倒的に少ない日本。日本人が香水に慣れるにはどのようにすればよいでしょうか。
K 「日本には香水をつける文化はなくても、その昔は香道という文化をお持ちでしたよね?日本の皆さんが香水をつけない人がいるのは、強い香りで周囲の人に迷惑をかけたくないという思いやりの表れではないでしょうか。西洋のフレグランスはパワフルなものが多いですから。フレグランスをつけるのに難しいことを考える必要は全くありません。音楽を楽しむように自由に香りを楽しんでほしいと思っています。ジャーナリストの方も、この香りには何が入っていて、どういう調香だということを必要以上に語らなくていいんです。いい音楽だなーと感じるように、まずは匂いに触れて、いい香りだなぁーと感じることから始めてください」。
常に穏やかな語り口でけして自分の考えを押し付けることなく、フレグランスの奥深さを教えてくれるフランシス・クルジャン氏。彼の優しさがあふれ出ているようなGentle Fluidity の2つの香りを先入観をもつことなく、まず、感じてみて欲しい。
ジェントル フルイディティ ゴールド オードパルファム 70ml ¥24,600(税別)※2月6日(水)発売
ジェントル フルイディティ シルバー オードパルファム
シルバーはナツメグエッセンスとアンバリーウッドの躍動感あふれる香りに、凍らせたジンを思わせるジュニパーベリーエッセンスがすっきり香るウッディ アロマティック。「スパイシーで温かいと言われるナツメグですが、私にとっては冷たく感じるクールな素材。5 年ぐらい前から使われるようになった人工香料のアンバーグリスはシダーやベチバーに近いニュアンスがあります」(クルジャン氏)
ジェントル フルイディティ ゴールド オードパルファム
6 つのメイン香料のうちのコリアンダーシードエッセンスをたっぷり使用し、ムスクとバニラアコードが包み込むような芳醇で温もり感のあるムスキー オリエンタル。「日本でもチャンツァイ(コリアンダー)の葉が大人気だそうですね。葉は金属的な匂いがしますが、種はフリージアの花のような香りが特長です。ムスクと並んでポピュラーな香料、バニラアコードでグルマンな要素を加えました」(クルジャン氏)
ともに70ml 24,600(税別)※2月6日(水)発売
ブルーベル・ジャパン www.latelierdesparfums.jp 0120-005-130 (10:00~16:00)
intervew&text:Teruno Taira