香水マニアが心酔する、FUEGUIA 1833。その香りは、なぜ心に深く響くのか?【創業者ジュリアン・ベデル氏にインタビュー】

アルゼンチン発のFUEGUIA 1833は、フレグランスシーンで異色の個性を放つ存在だ。天然の植物から抽出した香料のみを使用し、原料の調達から調香まで自社で手がけるというこだわりに、そして店頭に並ぶ100種類以上の香りひとつひとつに、創業者であり調香師のジュリアン・べデルの独自の哲学が宿っている。「香りとは文化そのもの」。そう語っていたジュリアンが、パンデミックを経て約3年ぶりに来日。彼の描く世界観から香りの楽しみ方、そして新作についても、じっくりと話を聞いた。

GINZA SIX内にあるFUEGIA1833 GINZA。赤土が多様されるアルゼンチンの建築物をイメージした店内には、約100種のフレグランスが並ぶ。

GINZA SIX内にあるFUEGUIA 1833 GINZA。赤土が多用されるアルゼンチンの建築物をイメージした店内には、約100種のフレグランスが並ぶ。

植物の力を、香水という形に変えて

——唯一無二の存在感で、コアな香水ファンをも魅了する、FUEGUIA 1833。南米のパタゴニアに大きな影響を受けていることや、すべて植物由来の原料で作られているフレグランスだということは日本でも知られています。そもそもジュリアンさんが、香水ブランドを立ち上げたきっかけは何だったのですか?

「一般的なフレグランスブランドとは全く異なるかもしれません。私はアーティスティックな家庭で育ちました。父は絵や彫刻をやっていて、私自身も音楽をやったり絵を描いたり……そういうクリエイティビティがいつも身近にあったんです。自分で弦楽器を作ったりもしますしね。香水ブランドを作りたかったというよりは、そういった自分なりの芸術的な表現方法に、香りが加わったという具合です」(ジュリアン、以下同)。

——音楽や絵画と同じように、香りを創作するようになったというわけですね。

はい。でも、もともと関心があったのは香水そのものではなく、原料となる植物のほう。植物の力に魅せられたというのが大きいですね。幼い頃から草木を心から愛する両親のもとで育ち、きょうだいと一緒に農園で多くの時間を過ごしてきました。私が生まれ育った土地でもある南米は多彩な気候に恵まれているので、さまざまな草木が生息しています。その自然の多様性を映し出すフレグランスを作ることが、ブランドの原点でした」。

生産時に入手可能な最高峰の天然素材のみを厳選するため、全てのフレグランスがリミテッド・エディション。
——植物のどんなところに惹かれたのですか?

自然がいつも身近にある生活環境の中で、植物には薬効を持った種や、すごく香りのよい種があるという発見に出合っていきました。医療の分野では、薬の開発には植物を使った伝統療法がヒントになることもあるという話も聞きますよね。次第に、植物のそういった側面に関心を持つようになっていったんです。また、ノーベル生理学・医学賞を2004年に受賞した生物学者リンダ・バック博士の研究について知ったことが、大きなインスピレーションになりました。それは人は香りを嗅ぐことでリラックスしたり、場合によってはエキサイトしたりするという、人間の嗅覚と体に関するものです」。

——香りによって気分が変化することは、きっと誰もが実体験として感じたことがありますよね。

彼女の研究によれば、これは鼻から体内に入った芳香の分子が、脳や心に作用をするということなのだそうです。気分だけではなく、脈拍やホルモンの分泌など、体にも影響があるといいます。揮発性の芳香が実際に人へ影響を与えるものだということが、科学で実証されている。それが僕にとってはとても興味深かったんです。日々の生活の中で僕たちは、無意識のうちに嗅いだ香りから、何らかの影響を受けているかもしれない。ならば分子の世界で、人の心を動かす何かができるのでは? そんなふうに、考えが広がっていきました」。

 音楽のように、心の奥深くに響く香り

——その時々でベストな植物由来原料のみを使用しているために、製品のプライスが変動することもあるのだとか?

はい。最高峰の香りをお届けするため、調香の都度、原料に合わせた時価になっています。気候をはじめとする生育条件によって、植物の香りや希少性が変わります。だから、同じ植物を用いても、香りの印象が変わることも。原料の調達も、私自身が手がけています。世界中の植物に関してリサーチを続けていて、2016年にはウルグアイに自分たちの植物園、フエギア・ボタニーを構え、開発にも取り組み始めました。植物ひとつひとつの種の個性を知ることは、とても重要なこと。なぜなら、植物それぞれがもつ力を、香水という別の形に変えるのですから」。

約5万ヘクタールにもおよぶ広大なボタニカルセンター、フエギア・ボタニー。南米で唯一、香料の抽出が可能な設備が完備されている。

100種を超える、南米に生育している植物を栽培、未だ世にない、エキゾチックな原料の開発に取り組んでいる。

——植物とサイエンスの融合を、アートとして表現する。だから、FUEGUIA 1833の香りはどれも、心の深いところにまで響くんですね。

「ブランド2010年にスタートしましたが、私はそれまで長らく、フレグランスの世界には文化的な側面が欠けていると感じていました。自分なりにアーティスティックな意義を表現するには、技術的あるいは科学的知識が欠かせない。そして同時に植物の個性についても熟知しなければならない。これは絵を描くアーティストが、使うピグメントの持ち味を知らなければならないことと似ていますね。私がアーティストとして手に入れたピグメントが、香りだったといえるかもしれません」。

(左)ムスカラネロリ 100ml ¥50,600 (右)コンセプトは「香りのない香水」。香りのない分子を使用することで、つけた人本来の香りを引き出す。香りのカスタマイズに最適。ムスカラ フェロ ジェイ 100ml ¥42,900/FUEGUIA 1833 Roppongi(FUEGUIA 1833)

——店舗には100種類以上のフレグランスが並んでいますが、 ジュリアンさんご自身が特に気に入っている香りはありますか?

「愛用するものはその時々で変わるのですが、近頃はムスカラ ネロリ、ムスカラ ヴェティヴェリア、それからウッド系のネグス-ヤシーン・ベイ-3つ。名前の頭にムスカラとついているコレクションは、いわばシングルノートの香りを集めたものです」。
こんなにあったら選べない! という心配は無用。スタッフがじっくりと相談にのってくれる。
——シングルノートのコレクションがあるのは意外でした。

「シングルノートとはいっても、ボトルの中にはさまざまな種の香りが詰め込まれています。例えばムスカラ ネロリなら、世界中の自然の中に存在する多彩なネロリを組み合わせることで、完璧と思えるネロリの香りを表現しているんです。単に、ネロリをイメージさせる香りではなく、ネロリのすべてを抽出した香りを作るというのが、私の目指すところなんです。さまざまなネロリの個性を複雑に配合するからこそ、人の感覚に訴える香りが生み出せると考えています。ちなみにムスカラ コレクションは、他の香りと組み合わせて使うのもおすすめ。ぜひ、いろいろパーソナライズして遊んでみてください」。

100ml専用の木箱は、パタゴニアの倒木を再活用。マロン 100ml ¥50,600/FUEGUIA 1833 Roppongi(FUEGUIA 1833)

——ブランドの真骨頂とも言える、多彩な植物がブレンドされた香りのコレクションについては、どれも個性が際立っていますね。

「コレクションを設けているものに関しては、南米大陸の風土や文学、文化、音楽、人物などがインスピレーションになっています。今年5月に発売したマロンは、アルゼンチンの絵画『ラ・ブエルタ・デル・マロン』が着想源。嵐が去り始めた夜明けに、先住の民であるマロンが奪われた土地を取り戻すために、教会を襲撃しに向かうというストーリーを込めました。アンバーを基調としウードを重ねた、力強く生命力に溢れた作品です」。

——この7月に登場したばかりの新作アルマは、「青春の香り」。舞台は西地中海の島ということですが。

こちらはジャスミンやカモミール、ローズマリーなどが主に使われています。眩しい太陽とミネラル質の大地、異国から降り立って根を下ろした植物たち……ありのままの自分になり、青春の追憶の旅へと誘われるというストーリーになっています」。
クリスタルのボトルには、それぞれシリアルナンバーが刻まれている。アルマ 100ml ¥47,300/FUEGUIA 1833 Roppongi(FUEGUIA 1833)

オペラのような感動をもたらす香りを作りたい

——コンセプチュアルな世界観は、まさにアートですね。

「すべての香りに特有のアイデンティティがあるんです。ある特定のノートにインパクトを持たせて、多くの人が同じイメージを抱くように作られた香水とは異なり、纏う人の肌の上で、その人にしかもたらされないストーリーを紡ぎ始めるのが、FUEGUIA 1833の特徴。香りは肌質や体温、その日の気候などでも変化して、嗅いだ瞬間に何かつながりのようなものを感じたり、心が開かれるような思いがしたり……そういうパーソナルな感動をひとりひとりが体験できるんです。私が作りたいのは、時間の経過とともに異なる個性が現れるような、複雑さを内包した香り。まるでオペラのように、いろいろな感動をもたらす香りを作りたいと思っているんです」。

作業中のジュリアン氏。楽しそう!

原料調達からボトリングまで、全てを自社で行う。作業中のジュリアン氏、楽しそう!

——調香からボトリングまでの全ての工程も、自社で行われているとうかがいました。

「はい、ミラノにある自分たちのファクトリーで行っています。ここにあるラボでは、1200種以上の原料に合わせてカスタマイズした機械を使って調香をしています。ひとつのボトルには100種類以上の香りが詰まっているんですよ。香りの元となるのは花、葉、樹皮、根など。これらから芳香を抽出するには、それぞれに合った異なる技術を用いる必要があるので、簡単なことではありません。だから、日々リサーチをし勉強をする。取引をするメーカーの人々も、私にとってよき先生だったりします」。

——ジュリアンさんご自身が、あらゆるプロセスに関わっているんですね。

「何かを学んで、そこで得たものを他のことへ応用していくのが好きな性格なんです。だから、原料の調達からプロダクトの製造まで自分でやっていますし、パッケージやストアデザインにも自分の手を加えています。銀座店には私が手作りした什器もあるんですよ。それゆえに、生産量は限られます。でも、そうやって自分の目が届くスケール感で、さまざまな知識をコネクトしながら運営していく今の形こそ、自分にとっての理想なんです」。

ギターが苦手?なジュリアンさんの相棒。

——最後に、ブランドそのものとも言える、ジュリアンさんご自身のライフスタイルについて教えてください。日々の暮らしに欠かせないものは?  何をしている時がいちばん幸せですか?

「音楽、それから料理。料理はある意味、メディテーションと言ってもいいかもしれない。イタリアに住んでいるので、豊かな食材がすぐに手に入ります。あとはギターを弾いて過ごす時間が、最高の楽しみですね。私にとっては至福の時なのですが、うちの猫はちょっとイヤみたい。ギターを弾き始めるとすぐに逃げていくんですよ(笑)」。

PROFILE
ジュリアン・ベデル●FUEGUIA 1833の創業者であり、調香師。1978年ブエノスアイレス生まれ。アーティスト、弦楽器製作家、デザイナーの顔も持つ。自らが愛する詩やタンゴなどの世界をパタゴニアの豊かな植物の香りによって表現すべく、2010年にFUEGUIA 1833を創業。

FUEGUIA 1833 Roppongi
https://fueguia.jp
03-3402-1833

text: Leona Kawai edit: Naoko Yokomizo