——バーナベさんが考えるイソップとは、どんなブランドですか?
「凛としていて静寂。誠実で純粋。派手ではないけど飾らず、包み隠さず、やりすぎない哲学、というイメージでしょうか。店舗の設計、内装も素晴らしく、以前から大好きなブランドで、実は12年前に私からアプローチをしたことがあるんです。いつか一緒に仕事ができたら、とずっと思っていました。2012年からフレグランスでコラボレーションしていますが、すべての人に楽しんでもらいたいというモノづくりの姿勢からも学びが多く、日々感謝をしています。創業者のデニス・パフィティスは私のメンターのような存在です」
——イソップで香りをクリエイトする際に意識していることは?
「イソップと私は、リスペクトし合う力強い信頼関係が成り立っています。香りを創る上でも、マーケティングや営業的な話はなく、『バーナベにはインディペンデントとフリーダムが必要だ』と理解し、そこに興味を持っていただいています。だから、私が蓄えている経験、記憶、感性をベースに、思い切って素晴らしい作品を作ろうと集中するのみです」
——バーナベさんのフレグランスには植物成分が多用されていますが、その理由は?
「まず最初にお伝えしたいのが、私にはナチュラルとケミカル、どちらがいい、悪い、という発想はありません。テクニカル的に化学の力が必要な場合もあるので、上手にマッチングさせてよりよいものを創りたいんです」
——イソップのスキンケアの考え方と共通していますね。
「はい。とはいえ、やっぱり天然の植物は面白いんです。同じ植物でも、育つ土地、環境、年数で香り成分がまったく違うので、原料探しにはいつも新しい発見がある。つける人の地域や気候、気温、体温でも香り方、感じ方は変わります。作ってボトリングし、動かした瞬間に味が変わると言われるナチュラルワインと同じで、ナチュラルフレグランスの揺らぎや変化もクリエイションのひとつだと思っています」
——そもそも、調香の仕事を始めたいきさつや、植物に興味を持ったきっかけを教えてください。
「植物や香りに興味を持つきっかけとなったのは、フォトグラフィです。その昔、フォトグラフィを学ぶために写真のスクールに通っていて、そこでレンズを通して植物を観察する、という課題があったんです。おしべ、めしべの組み立てや、花弁の構造などが、建築に通じたり、デザインの発展系でもあtたりすると感じ、関心を持ちました。ビジュアルの美しさだけでなく、成分やアロマなど、植物の奥深さにすっかりのめり込んでしまって」
——植物にのめりこむ入り口が写真だったとは!
「私の興味の対象は、ビジュアルアーツ全般です。でも、ビジュアルで表現しつくせないものもあります。たとえば“ドライ”というワード。その世界観をビジュアルだけで伝えるのは難しいのですが、香りを嗅ぐとパッとイメージできる。調香というクリエーションで、瞬間の感動を美しいストーリーとして完成させたいと思うようになりました」
——ビジュアルの先に香りがある、ということでしょうか?
「そうですね。クリエイションは必ず、ます最初にビジュアルからスタートします。私たちが何かを見た時に、ほとんどの場合、直接見えるものだけでなく、目には見えない精神的な、あるいは感情的なフィルターがかかりますよね。そのすべてを作品に落とし込むことに強い関心を抱いています」
——目に見えるものと、そこに関わる感情を、フレグランスに?
「フレグランスだけではありません。調香師は、私を構成する要素のひとつですが、香りとはまったく関係のないプロジェクトも同時進行しています。アートディレクターとしての活動もあるし、ファッションブランドとコラボレーションすることも。香りは私のクリエイションの一つで、いろいろな作品づくりを楽しんでいるし、それが刺激となり、創造力を高め合う相乗効果になっています」
——旅からも多くの影響を受けているそうですね。親日家とお聞きました。
「旅先で目にするものはもちろん、疲れて座ったときのテーブルの香りなど、瞬間瞬間の香りを記憶し、収集します。それは写真を撮る行為に似ているかもしれません。パリの生活も気にいっていますが、日本では刺激を受けることが多く、大好きです。イソップとの仕事を通して日本各地をリサーチしたり、建築家でデザイナーのシャルロット・ペリアンの娘にナビゲートしてもらったりして、これまで20回以上訪日しています。そしてついに京都に家を持ったので、生活するのが今から楽しみです」
——パリと京都の2拠点生活、素敵です! 旅の他に関心を持っていることはありますか?
「建築も好きだし、歴史の本からもヒントを得ているし、もちろん音楽も生活の一部です。でも私にとって一番大切なインスピレーションの源は、人生で関わった人たち、そして私のチーム。それぞれの人が持っている経験や記憶を表現できる楽しさ、奥深さに興味を持っています」
——新しい香り、イーディシスで描いたストーリーについて教えて下さい。
「2021年に『アザートピアス』シリーズとして発売した3つの香りに続くもので、イーディシスは物語の第4章です。。今回は、人間の本質的な部分を呼び起こす、自己の空間への旅を表現したいと考えました。そのテーマを、ナルキッソスの神話で美しく描かれる、人間の内面世界と外的世界、そして自我と非我の狭間での葛藤をモチーフに表現しました。コアのコンセプトは、鏡です」
——鏡ですか。温かみを感じる香りなので、少し意外です。
「はい、そう感じるかもしれません。鏡のメタリック感や冷たさをフローラルのレイヤーで表現しつつ、キー成分のサンダルウッドやシダーを繊細に調整し、温かみや神秘的なニュアンスも加えています。だからみずみずしさだけでなく、シェルターに包まれてふわふわする感覚を味わえたり、人によって感じ方はさまざまです」
——この香りを通して伝えたいメッセージは?
「ナルキッソスは、泉に自分の姿を映してうっとりした、と言われています。当然ですが、鏡は光が当たっていないと何も映りません。真っ暗な中で鏡を覗き込んでいるようなマインド—何も見えない状況—であっても、この香りを嗅げばポジティブなひらめきを得られるかもしれません」
PROFILE
バーナベ・フィリオン●フランス人調香師。植物学と本草学を研究したのち、香料やアロマの調合を手掛ける。植物や旅、本からインスピレーションを得て、これまでにない新しい感性のフレグランスを創作。ほかに、アート系プロジェクトやファッションブランドとのコラボレーションなど、枠にとらわれず多彩な活動を展開する。
イソップ・ジャパン
aesop.com
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