ニッチフレグランスの台頭。その背景は?
中森さん(以下N) インターネットの発達と国際物流の発展が大きな要因だと思いますね。情報が民主化したことで香水の作り方が広まったり、小規模なブランドも全世界に向けて発信できるようになったり。そして生まれた製品を、世界中に輸出できるようになった。エポックメイキングだったのは、2000年代前半のフレデリック・マルの登場だと思います。調香師にスポットライトが当たりつつ、こぢんまりしたブランドが自分たちで情報発信して、世界を相手にビジネスをすることが広まったのかなと。
平さん(以下T) 彼が「エディション ドゥ パルファム(香りの出版社)」のコレクションを始め、まるで本を編集するかのように、毎回ビッグネームの調香師に依頼したのも大きかった。パフューマーにファンがついていきましたね。それまでは皆自分の名前を隠していたのが、調香師が表に出るようになりました。
加えて、ニッチフレグランスはサイクルが速い。大量にトライアンドエラーをして、その中で生き残る。それが、爆発的な熱量にもつながるのかなと。
コロナ禍でなぜ、香水が注目を浴びるようになったのか
T 香りは自分のためにつける、という考えが広まりました。
N そうですね。
T 少し多めにつけても、マスクや人との距離があったから、自分にしか香らない安心感があった。
N NOSE SHOPでも、非常にクセの強い変わったものが売れていきましたね。
T 昔流行った香水は、異性に対するアピールの要素も強かったけれど、そこが変わってきていますよね。今、セルフラブの流れがありますが、その潮流にフレグランスはなじみやすいものだったと思うんですよ。自分の匂いだと思うと安心できるし、気分も明るくなるし。
N 確かに、コロナ禍で自分と向き合う時間が増えて、自分を喜ばせるところに予算が向いてきたのかなとは思いますね。
T 今の時代、化粧品でも肌に投資しますよね。自分自身に手をかける人が増えてきている。香りも、誰もが持っているものより、お金をかけてツウ好みのものを身につけたい気持ちが高まっているのかも。
フレグランスの奥深い世界
T フレグランス初心者でも、いきなりニッチなブランドに行く方もいらっしゃるんですか?
N たくさんいますよ。たとえばNOSE SHOPでは「香水ガチャR」があるので、小学生が買いに来たり。
T それは驚き!
N あとは、あえてランキングを提示するようにしています。上位にくるものは鼻なじみがいいので、店頭でも人気が高いですね。たとえば、ラボラトリオ オルファティーボの「ニードユー」(1)。ムスク系の香りなのですが、「あなたの肌と共生する香りです」というように、表現がうまいんですね。
T だからあなたの肌が必要、ニードユーなんですね。しゃれがきいてる。
シトラスとペッパーが軽やかなオープニングを告げながら、柔らかなムスクが包み込む。
N 加えて人気なのが、ケルゾンの「ヴォージュ広場」(2)。実際のパリの広場にある、レンガ造りの邸宅に咲くバラを表しています。また、ニシャネの「ウーロンチャ」(3)も、注目を集めています。
T 全然とっつきにくくない!
みずみずしいグリーンノートに優美なローズが溶け込む。サンダルウッドがリラックス感を演出。
マンダリンが爽やかに香り、ムスクやフィグが艶やかな余韻を残す。
N そういうものの隣に、変わり種も。たとえば、ナーゾマットの「ブラックアフガノ」(4)は大麻の香り。堆肥となる糞をテーマに輪廻転生を描く、オルト パリージの「ステルクス」(5)なんてものもあります。
最高品質のハシシを吸い込んだときの、恍惚感を表現。
無機質なように思えて、動物的な匂いを感じる驚愕の香り。
T どちらもイタリア発なんですね。
N そうですね。イタリアは今、国をあげてニッチフレグランスを振興しているところがあって。アートパフューマリーという言葉も生まれてきています。
T どういった意味なんでしょうか?
N アートピースとして香りを作っている。つまり、より作家性が強くなっているのです。ニッチフレグランスが今やフレグランス界ではメインストリームになってきていて、ニッチが新しいトレンドを生んでいる。そんな中、ほかよりもさらに革新的で独自の視点を持ちたいというモチベーションなんです。
T 最近ではアートピースとして購入する方もいらっしゃいますしね。
N そうですね。ニッチフレグランスは、作り手の情熱に基づくことが一番大きな点だと思っていて。
T ニッチなものが最終到達点という訳ではないけれど、自身の好きな香りから慣れていって、そこから好きなブランドの世界観を体験したり、自分に合う香りを見つけていけたらいいですよね。
N そうですね。日本には香水をつける文化がそもそもないので、スタートもゴールの意識もあまりない。最初からニッチでもよいのでは?
T 確かに、自分がいいと思うものを選べるのはいいですよね。昔は「みんな一緒じゃなきゃ」という圧力があったけれど、今は自分が好きなものを身につけてますよね。女性がメンズライクな香水をつけたり。そういう壁がなくなっているのが、今の香りの世界のいいところ。
N 社会の香りの受容度を高めていきたいですよね。香水をつけるとき人に迷惑かなと思わずに、もう少しワガママでもいいんじゃないかと。自分の鼻に素直に、そして他人のワガママも許せるように。その土壌を、広げていきたいと思っています。
T みんなが素敵に香りをまとって、それいいねと言ってくれる人が増える。そんな世界になるといいですね。
Atelier Macri(アトリエ マクリ)
閑静な住宅街の中に現れる
オブジェとしても美しいアイテムが揃う
清澄白河駅から徒歩15分、ゆったりとした時間が流れるエリアに位置するアトリエ マクリ。眼鏡と香水を扱う専門店だ。店内に入ると、バーカウンター越しに明るくスタッフが迎え入れてくれる。カジュアルなおしゃべりを楽しみながら、"スタイリング"をテーマに、その人に合う特別な一本を探していくスタイルだ。
「どちらも、身につける人があってこそ完成するアイテム。人それぞれのファッションや、ライフスタイルに合わせて提案しています」と語るのは、スタイリストの富永さん。一対一の会話を大切にする、丁寧な接客が魅力だ。扱う香水も、作り手の持つ美学や、ブランドの背景にあるストーリーを大事にしている。
インテリアスタイリングを手がける会社がオープンしたこともあり、部屋にもなじむ美しい佇まいの香水をセレクト。時代の空気感を取り入れながらも、本質を捉えた10ブランドが揃う。店内の奥には、季節ごとにテーマを設けたポップアップギャラリーも。香水を買うだけでなく、会話を通してここでしかできない経験を探しに、訪れてみて。
秋に上陸した「.Oddity」。
(左から)「Dead Air」「Resonant」「Naked Dance」(50㎖)各¥39,930
ブランドの世界観につながりを持たせ、整然と並ぶディスプレイ。季節に合わせてラインナップも変化
DATA
東京都江東区森下4の19の12
03-6666-9212
営業時間:12時〜20時 無休(年末年始除く)
Instagram: @atelier_macri
LE SILLAGE(ル シヤージュ)
カウンター席では、外の景色も時計も見えず、香りだけに集中できる設計
運命の一本を共に探してくれる場所
歴史的景観が残る街に店を構えるル シヤージュ。ニッチフレグランスブランドを30種以上取り揃える。ずらりと並ぶ棚には、ブランドのストーリーや香調を丁寧に記載したカードが添えられており、まるで香水の美術館のよう。香り好きが高じてお店をオープンし、豊富な知識を持つオーナーの米倉新平さんが、伴走者のように寄り添う。カウンター席で、時には1時間も2時間も、何種類もの香水を試す贅沢な時間。
「フレグランスは、見た目に関係なく自分の感覚で選ぶことができる、唯一無二の存在。自由に選んで、その根拠となる自分の感性を知ってもらいたい」。その言葉の通り、言語化しにくい香りの感じ方を、引き出してくれるガイドのような存在だ。最近では、東京で「香展」と題した大型のイベントも実施。
"思香力"と"試香力"をテーマに掲げ、さまざまなフレグランスに触れながら、調香師のトークセッションも開催。自分の感覚を研ぎ澄ませる場所を目指す。ショップという枠を超え、内なる感受性を見つめる香り探しの旅へと私たちを誘う存在だ。
国内で唯一取り扱うブランド「レ スール ド ノエ」。ミステリアスな雰囲気が漂う新作「クランデスティン ランデヴー」が、2024年に登場する。(100㎖)¥30,800
DATA
京都府京都市東山区中之町205の2 WILLPARK神宮 1階
075-752-2018
営業時間:11時~19時 不定休・SNSにて告知
Instagram: @lesillage_kyoto
PHAETON
PHAETON新店舗外観
唯一無二の空間で、香りに触れる
日本海に面した田園風景の中にそびえ立つのは、昨年オープンした「PHAETON」の新店舗。オーナー坂矢悠詞人さんの確かな審美眼で選ばれた洋服と香水が並ぶ。照明器具は置かず、自然光のみで照らし出される店内は、ギャラリーのような空間。主にハンドメイドのものが並び、オーナー自ら案内して、製品が作られた背景を語る。
オンラインショップになく、ここでしか買えない魅力がある。フレグランスは、季節ごとにラインナップが変わる。春には、やわらかな日差しや新緑の爽やかな空気に相反するように、お寺を彷彿とさせるようなミルラ系の香りが並ぶ予定。自らセレクトしているという香水は、既視感のないものばかりだ。中でも「カリーヌ・ロワトフェルド」は日本ではPHAETONのみ取り扱っているもので、元・仏『VOGUE』編集長が手がけるブランド。情熱と、官能性を秘めた香調が大胆不敵な輝きを放つ。1月には新作も加わった。作り手を深く知り、香りの物語に思いを馳せる時間は、香水の愉しみをより豊かなものにしてくれる。
「カリーヌ・ロワトフェルド」の新作はインド産チュベローズ、カシュラメン、ラブダナムなど、あなたの中にいるもう一人の女性性を明らかにする二面性を秘めた香り「Forgive Me」(90㎖)¥39,600
DATA
石川県加賀市伊切町い239
0761-74-1881
※1日3組の予約制 定休日:火曜、不定休
https://www.phaeton-co.com/