時代を表すベストヒット・フレグランスは、当時の社会情勢をも如実に映し出すもの。そこで、香りに携わるプロ3人が各年代に流行した名香を語り尽くす。青春と最新トレンドを一挙にプレイバック!
時代を表すベストヒット・フレグランスは、当時の社会情勢をも如実に映し出すもの。そこで、香りに携わるプロ3人が各年代に流行した名香を語り尽くす。青春と最新トレンドを一挙にプレイバック!
貿易会社や女性誌編集を経て、1997年に独立。SPURでも数多くのフレグランス企画を手がけ、エディター歴約30年のベテラン。
日本フレグランス協会常任講師、日本調香技術普及協会理事。香水の魅力を伝えるベく、メディアやセミナーなどで幅広く活躍。
2017年に入社。伊勢丹新宿店で開催される年に一度の香りの祭典「サロン ド パルファン 2024」(10月16日〜22日)にも携わる。
濃厚な香りが自由恋愛の媚薬であった80年代
MAHO 早速80年代から振り返ってみましょうか。この時代は、女性の社会進出が目覚ましかったとき。それはただ仕事をするというだけでなく、女性としての魅力も開花させる、すなわち自由恋愛を謳歌した時代だったように思います。
平 ディスコやお立ち台が盛り上がっていた、日本のバブル絶頂期。当時の香りのトレンドとしては、シャネルの「ココ」やディオールの「プワゾン」、ゲランの「サムサラ」など、ひと言で言うと“濃厚”なものが多いですね。
MAHO その前段として70年代に登場したサンローランの「オピウム」の影響も大きいと思います。フランス語で「アヘン」という意味で、その名の通り中毒性のある挑発的な香りは世界に大きな衝撃を与えました。
平 どれもオリエンタルの要素が強く、バニラのような甘さを含みながらもスパイシーで魅惑的。そして陶酔させるような香調はまさに恋愛を楽しむための媚薬だったような気がします。
山崎 学生時代、素敵な大人の象徴として憧れを抱いていました。
平 わかります。若いときこそ、ちょっと背伸びをして大人の香りをつけたくなりますよね。
一転、90年代は清潔感のある香りがブームに
平 歴史とは面白いもので、90年代は打って変わってクリーンでピュアな香水がヒット。その代表格が「プチサンボン」だと思います。ベビーフレグランスだけあって、せっけんのような可愛らしさが特徴的でした。嫌いな人はいないのでは、と思うほど。清潔感の塊みたい。当時、通販カタログの仕事をしていたのですが、億単位で飛ぶように売れていたのを覚えています。
MAHO 自由恋愛を謳歌した80年代を経て、90年代はそれらの享楽に対しての反省という風潮があったように思います。バブルの崩壊もあり、ナチュラルテイストのものが一世を風靡しましたね。ほかにもエポックメイキングだったのがブルガリの「オ・パフメ オーテヴェール」。
平 これも驚きでしたよね。いったい、誰が「緑茶」を香水にしようと思いついたんだろう? って。グリーンティーは日本人とも親和性があり、清楚な雰囲気でとても売れていました。
MAHO 今でも人気健在ですもんね。また90年代はイッセイ ミヤケの「ロードゥ イッセイ」も、シンボリックでした。パリで大成功を収めてからの逆輸入。日本の底力を感じました。
平 当時は「水」というコンセプトも斬新でした。ロータスフラワーなどのみずみずしさにほのかな甘さがあり、円錐形のボトルも美しい。
山崎 私はジェンダーレスに使えるフレグランスの先駆けでもあった、爽やかな「シーケーワン」が象徴的だと思います。カジュアルにまとえるシトラスノートで、学生もみんなつけていましたよね。シンプルなボトルも軽やかな香りを物語っていて、80年代とはまた違う新たな自由さみたいなものを感じました。
MAHO 全体的にソフトで癒やされるような香りですよね。世紀末ということもあって、安らぎを求めた時代だったのかもしれません。これらの流れを汲み、2000年代に突入すると、ヌーディなスキンフレグランスがひとつの特徴だったように思います。「フォーハー」しかり、ムスクが流行りましたよね。清らかで優しくて、ほの甘く、まさに肌に寄り添う香り。
平 私もムスク、大好きです。シャワーを浴びたあとの清潔なうなじの匂いみたいな(笑)。肌のぬくもりを感じますよね。ちなみにムスクはもともとは動物性の天然香料でしたが、今はホワイトムスクに代表されるような、やわらかい合成香料がほとんど。ケミカルさはなく、どこか人肌恋しくなるようなニュアンスがあります。
MAHO 00年代を語る上で、ほかにも外せないのはやっぱりクロエ。発売当時を鮮烈に覚えているのですが、バラの精油を使わずにローズを表現した香りは、瞬く間にベストセラーに。
平 私も何度SPURで取り上げたかわからないほど! シャンプーの残り香のような繊細で品のあるフレッシュなローズノートでした。
山崎 伊勢丹新宿店でもとにかく売れたと聞いています。当時を知る営業さんに聞くと、「ひたすらクロエを納品していた記憶」とのこと。
2000年以降、香りも多様性の時代へ突入
山崎 00年代の後半くらいからル ラボやイソップなどのニッチフレグランスブランドも台頭してきました。たちまち人気となり、今となってはメジャーですよね。ライフスタイルを丸ごと提案するようなおしゃれな世界観が注目を集めました。ル ラボの「ガイアック 10」は東京にちなんだウッディムスクの香りで、一定期間を除き東京でしか買えないというのもコンセプチュアルですね。
平 10年代に入ると、香りのトレンドはますます細分化します。ひとりひとりの個性がより大事にされる時代になってきたからでしょうか。個人的にはグルマン系の甘いプラダの「キャンディ」や、砂糖菓子をイメージしたフエギア 1833の「キロンボ」なども好きでした。そして、世界のニッチフレグランスを集めたセレクトショップ、NOSE SHOPも登場。シャネルやディオールなどのメゾンによる、限られた店舗でしか販売されないエクスクルーシブラインの香水も話題になりました。
MAHO 私はウードへのオマージュがあった気がします。トム フォードの「ウード・ウッド」などがその代表格。少し重く複雑な香りですが、人とかぶらないような玄人感があります。
山崎 私はジョー マローン ロンドンの「イングリッシュ ペアー & フリージア」が記憶に残っています。やわらかく軽やかな香調はエントリーラインとしても最適ですし、ヒットも納得。