自然界の美をフレグランスで表現するディプティックの特別なコレクション「レ ゼサンス ドゥ ディプティック」。サンゴや砂漠のバラなど、人には感知できない香りを香水として昇華させるこのシリーズに、クジャクの羽をイメージした新作「ラズリオ」が加わった。その鮮やかな色彩と、優雅な佇まいをどのように香りで表現したのか。創作の舞台裏からフレグランスへの深い思いまで、調香師クォンタン・ビッシュに話を聞いた。
自然界の美をフレグランスで表現するディプティックの特別なコレクション「レ ゼサンス ドゥ ディプティック」。サンゴや砂漠のバラなど、人には感知できない香りを香水として昇華させるこのシリーズに、クジャクの羽をイメージした新作「ラズリオ」が加わった。その鮮やかな色彩と、優雅な佇まいをどのように香りで表現したのか。創作の舞台裏からフレグランスへの深い思いまで、調香師クォンタン・ビッシュに話を聞いた。
香りとの運命的な出合いは11歳

Profile:クォンタン・ビッシュ
フランス、ストラスブール出身の調香師。未知の調和や新しい香りの組み合わせを探求することを喜びとする、自称「探求者」。創作で目指すのは「究極の流動性」。絵画や音楽にも通じるそのアプローチはミニマリズムを重視し、アイデアや感情を呼び起こすために必要な最低限の原料のみを選び抜く。
——子供の頃から調香師に憧れていたそうですが、そもそも、香りに魅せられたきっかけは?
両親がいつも香水を身につけていたことが大きいですね。自宅の庭には季節ごとにさまざまな花が咲く、香り豊かな環境で育ちました。また、忘れられないのは11歳の時に出会ったフランス語の先生です。先生がまとっていた香水と彼女の雰囲気がとても調和していて。パルファンのおかげで、その人の美しさがより輝いていると感じた瞬間でした(クォンタン・ビッシュ、以下、同)。
——11歳ですでに高い感性をお持ちだったのですね。
私自身、幼少期から力強いフレグランスを好んでつけていたので、周りから見たらちょっと不思議な子供だったかもしれません(笑)。学校でも、友達の間では「香水好き」として有名でした。
クジャクの羽。予想を美しく裏切る挑戦
──「レ ゼサンス ドゥ ディプティック」シリーズは、ディプティックの中でもプレミアムなコレクションです。今回はディプティック側から“クジャクの羽”というオーダーがあったそうですが、そのテーマを聞いた時、どんなふうに感じましたか?
まるでアートピースのような美しいモチーフに、どんなストーリーを描くか──そう期待されることはプレッシャーであり、大きなチャレンジでもありました。表現したかったのは、ふんわりとした羽の柔らかさとクジャクが羽を広げた時の息をのむような美しさ。それは驚きとともに花が咲くようなイメージです。
フランスではクジャクといえばブルーを思い描く方が多く、香水のパッケージも青になるだろうと予想していました。だからこそ、クラシカルな色のイメージをどのように裏切るか。あっと驚かせるようなものを作りたいと思いました。
色彩のコントラストを香りに変換
——視覚に訴えかけてくる“クジャクの羽”を、具体的にはどのように香りに落とし込んでいったのでしょうか?
とにかくクジャクを観察し、鮮やかな色彩のコントラストに着目しました。羽に見られる蛍光色のグリーンをルバーブの酸味で、琥珀色の温かさはベンゾインのぬくもりで表現。この2色の間にある深みのあるパープルを、香りの滑らかさとして据えました。
ベンゾインはとろりとしたテクスチャーを持つため、この質感自体を、酸味と温かさを結びつける「つなぎ」として活かしています。
——確かに、優美で豪華絢爛なクジャクのイメージから濃厚な香りを想像していましたが、実際に嗅いでみると、まず爽快な香りが立ち上がり、良い意味で裏切られました。
驚きを感じていただけたなら、まさに狙い通りです。最初の爽やかなノートが通り過ぎたあと、深い世界に溶け込んでいくかのような感覚。この「軽やかさ」と「深み」の繰り返しが、まとうたびに新しい発見をもたらし、飽きさせない魅力につながっています。
——クリエイションの過程で特に楽しかったことは?
最も楽しかったのは、ルバーブの活き活きとしたアクセントとベンゾインの甘みが完璧に調和した瞬間ですね。自分の中で確信が持てたのはもちろん、ディプティックのチームも瞬時に気に入ってくれました。まるで恋に落ちるような感覚で、この香りが生まれた瞬間の高揚感は忘れられません。
——苦労されたことはありますか?
それぞれ個性の違う香りを調和させることです。甘すぎず、刺激的でありながらも、もう一度嗅ぎたくなるような中毒性を持たせるため、何ヶ月もかけて微調整を繰り返しました。
この繊細なバランスにたどり着くまでに試行錯誤しましたが、完成した時の喜びはひとしおでした。実は、「ラズリオ」は、メゾン側から完成のGOサインが出た後も、さらに3週間の猶予をもらって微調整を重ねたのです。自分の納得がいくまで追求できたことで、より完成度の高い香りに仕上がったと思います。
——調香師になる前はダンサー、舞台芸術の監督もされていたそうですね。そのご経験は香りのクリエイションに影響していますか?
はい、伝えたいメッセージを具体的に表現する点において、劇場での経験は非常に役立っています。香りを構築することは、舞台で「何を際立たせ、何を抑制するか」を考える作業と共通しています。
例えば、ある原料(俳優)の魅力を最大限に引き出したい時、多くの要素(背景やスポットライトなど)を加えすぎると、かえってその魅力を埋もれさせてしまう可能性があります。ステージ上で最も美しい「引き立て方」を追求するのと同じ理論で、香水においても、主役となる原料にどのようにフォーカスを当てたら輝かせられるか、を常に考えています。
香りがもつ魔法の力を信じたい
——来日されて、香りのインスピレーションを得るようなものに出合いましたか?
すでにさまざまな場所で香りのインスピレーションを得ています。特に印象的だったのは、露天の温泉です。雨に濡れた木々の香り、夕暮れの空の移ろい、アクアティックなアコード……。
年齢や社会的地位といった隔たりがなく、そこに集う全員が裸というシンプルさが素晴らしいと感じました。それはまるでロストパラダイスのような無垢な光景で、とても豊かな時間を過ごすことができました。
——香りには、人の記憶との結びつきや、人の心を癒す力があるとも言われますが、ビッシュさんは香水が持つ役割についてどのように感じていらっしゃいますか?
深く、美しい質問ですね。一晩中でも語り続けられそうです(笑)。私にとって、香水は単なる香りではなく、まとう人の個性を語り、その人に寄り添う存在です。
また、“香りをまとう”という行為は「記憶を差し替えるジェスチャー」として捉えることができると考えています。少し極端なたとえかもしれませんが、銃のトリガーを引く指の動作と香水の瓶をプッシュする動作は、ジェスチャーとしてどこか共通するものがあります。
でも、もしその一回のプッシュに、暴力的な記憶ではなく、美しさと豊かな記憶を呼び起こす力があるなら、それは世界を平和に導く一つの手段になり得るかもしれません。
香りが持つ力は、厳しい現実を直接変えることはできないでしょう。でも、人々の心に働きかけ、現実から一時的に解放される豊かな時間をもたらすことはできます。
調香師として、私はフレグランスが持つ美しい魔法の力を信じています。それが人々の五感を覚醒させ、希望や安らぎを与えることで、ほんの少しずつでも世界をより平和で夢のある場所へと導いてくれたら、と願っています。
「レ ゼサンス ドゥ ディプティック」
DIPTYQUE 表参道が10月24日(金)にオープン

2025年10月24日(金)、ディプティックの新しいフラッグシップがキャットストリートにオープンする。目印はグリーンの象徴的なファサードと日本の植物を配した屋外庭園。パリのインテリアと日本の伝統的な装飾が見事に融合した店内には、ハンドメイドの寄木張りの床と白い大理石のシンクが印象的なバスルームの芸術(l’art du bain)を体験できる独立した部屋も。フレグランスからホームコレクションまで、それぞれのコレクションの世界観に没入することができる。また、サステナビリティへの取り組みとして、使用済みガラス容器の回収・アップサイクルを実施。表参道店限定の水引「猫結び」ギフトラッピングや、限定ノベルティの用意もあるので、ぜひこの新しい世界を体験しに訪れてみて。
DIPTYQUE 表参道
住所:東京都渋谷区神宮前5-10-10 栗原ビル 1F
営業時間:11:00~20:00
電話番号:03-6427-9387
Diptyque Japan
diptyqueparis.com
03-6450-5735