サンドラ・ブロックが抗う「女性人気ロマンス」への蔑視【辰巳JUNKのセレブリティ・カルチャー】

2022年、ハリウッドが好調だ。グローバルな興行収入が前年比73%増という予想もある。アメリカ国内でも、上半期の時点で1億ドル超え作品は8本に及ぶ(2022年6月26日現在)。人気作の続編『トップガン マーヴェリック』、MCUシリーズに『THE BATMAN-ザ・バットマン-』、人気ゲーム原作の『アンチャーテッド』……。これらドル箱映画は、今やシアターの主役になった「IPムービー(Intellectual Property Movie)」、つまり、よく知られた知的財産に根ざす作品群である。

「女性映画」の救世主

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Photo:Aflo

そんななか、ひとつだけ、オリジナル映画にして1億ドル稼いだ映画がある。しかも、パンデミック危機以降、劇場から足が遠のいていた成人女性層を惹き込んだことで「女性向け映画の復活」まで立証したと言われている。ハリウッドスターのサンドラ・ブロック主演作『ザ・ロストシティ』だ。


(6月24日より日本公開中)

スランプに陥った小説家が南の島へと連れ去られ、実業家に財宝の秘密を解けと命じられる。一方、彼女の本のカバーモデルをしていたセクシーな男性モデルが救出のため島へ駆けつける……ロマンティックコメディとアクション活劇をかけ合わせた本作は、初週の成績こそ業界の予想通りだった。しかし、じわじわと35歳以上の女性層が足を運びつづけて1億ドルに届いたのだ。サプライズヒットとする向きもあったが、プロデュースもつとめたサンドラに限っては、働く母親として、女性たちの事情を理解していた。

「特定の年齢層の女性は、公開初週には駆けつけません。私たちには、家庭や仕事など、やるべきことがたくさんあるので。だからこそ、もし運が良ければ(彼女たちに好まれた)映画は長続きするんです。『ザ・ロストシティ』は、映画館に行くに足ると思ってもらえたのでしょう」

「ロマコメ女王」の卒業宣言

『ザ・ロストシティ』の成功は、劇場ヒットが激減していたロマコメ映画の復活をも示唆している。一方で興味深いのは、サンドラ・ブロック自身が同ジャンルから卒業していた身であることだ。とくに、働く女性、働きたい女性にとってのヒーローだったのではないか。

1964年バージニア州に生まれたサンドラが名を馳せたのは1994年、キアヌ・リーブス主演映画『スピード』でのこと。アクションスターとして人気を築いたが、同時に「ロマコメの女王」にもなった。『トゥー・ウィークス・ノーティス』に『デンジャラス・ビューティー』など、1990年代から2000年代にかけて同ジャンル全盛期を牽引した存在である。

しかし『あなたは私の婿になる』がヒットした2009年、サンドラはロマコメジャンルからの卒業を宣言した。当人いわく、同作の出来が悪かった、とのことだが、背景事情もある。2000年代後半、ロマコメ映画を「低俗な女向け」作品と見下す風潮が急速に広まっていったのだという。同ジャンルの看板女優だったサンドラは当時、そうしたレッテルに反論していくことに疲れてしまい、引退を決めた。

ただし、その後もキャリアは揺らがなかった。2010年にはアカデミー主演女優賞に輝き、2013年にSF大作『ゼロ・グラビティ』がキャリア最高のヒット。2018年には、Netflix配信作『バード・ボックス』が文化現象を巻き起こしている。当時、サンドラの同世代ではストリーミングに参入しないスターも多かったが、当人いわく「女性である以上、選択肢が限られる」立場なためチャレンジしたという。

『ザ・ロストシティ』が描く、女性人気作品の蔑視問題

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57歳の女優としてスーパースターの地位を保つサンドラが、10余年ぶりにカムバックしたロマコメこそ『ザ・ロストシティ』なのだ。アドベンチャージャンルでもある同作のルーツは1930〜50年代映画。サンドラいわく、この頃のロマンティックなアドベンチャー映画は、女性が阻害されていなかったのだという。

興味深いのは、映画の物語そのものが、ロマコメ卒業宣言をした彼女の境遇を感じさせる点だ。まず、サンドラ演じる主人公は、女性人気が高いロマンス作家なものの、スランプに陥っている。男性陣にしても、チャニング・テイタム演じるモデルとダニエル・ラドクリフ演じる実業家では、彼女の作品への態度が異なっている。なにより、主人公は自分の作品に自信がない。

そんな本作について、サンドラは想いを吐露している。

「なんでもかんでも侮辱されていく何かを尊重しつづけるのは、難しいでしょう。なぜ、それがそんな風に語られ、考えられているのか……その原因を探らなきゃいけなくなって、理由を突き詰めると……本当につらくなる」

「女性が歓びを感じたり、現実逃避できるものは、無価値だと思われている。それを受け止めるのは、本当につらいこと」

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Photo:Getty Images

かつて「ロマコメの女王」として軽んじられてきた彼女の境遇を思えば、作中の小説にまつわる問題は、なにも文芸にとどまらない「女性人気ロマンス」蔑視を扱っていると伝わるだろう。ゆえに『ザ・ロストシティ』でもっとも重要なシーンは、主人公が自作を「低俗なしろもの(”schlock”)」と卑下する場面だ。ロマコメ映画の定番「相手役との口喧嘩」でのことだが、導かれる結論は、単に主人公を肯定するものにはなっていない。むしろ、その場にはいない、ほかの人に向けられているのだ。それはある種、かつて多くのファンを抱えながらジャンルから離れてしまったサンドラからのメッセージのようにも機能している。

またも新時代を築いたサンドラ・ブロックだが、本作の完成後、俳優、プロデューサーとしての休業を宣言している。子育てに専念しつつ「仕事で自分の価値を証明しようとする」姿勢から離れることが目標というから、復帰時期は未定だ。

つまり、一旦『ザ・ロストシティ』が最後の主演作となる。しばらく寂しくなるかもしれない。ただ、同作で発せられたメッセージを考えれば「ロマコメの女王」として、あれ以上の置き土産はないだろう。

辰己JUNKプロフィール画像
辰己JUNK

セレブリティや音楽、映画、ドラマなど、アメリカのポップカルチャー情報をメディアに多数寄稿。著書に『アメリカン・セレブリティーズ』(スモール出版)

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