ニコラス・ケイジほどカオスなハリウッドスターは稀だ。芸術一族に生まれたアカデミー賞俳優であり、アクションスター、B級映画のキングでもある。タコやコブラも飼育した動物愛好家、美術収集家、美食家の顔を持ち、日本人俳優リコ・シバタと結婚した現在は愛妻家のイメージも強い。さらに、本人のあずかり知らないところで、インターネット・ミームとして不動の地位を築いた。うさぎからカップケーキまで、ニコラスの顔をコラージュしたミーム画像は数知れず。非公式グッズも大量生産されている(人気ミーム「Cage Rage」をプリントした非公式パンツ)。
Photo:Getty Images
そんなニコラスが、58歳となった2022年、再評価ムーブメントを起こしている。日本文化愛が強い彼流に言うなら、ハリウッドに「歌舞伎」型の演技を持ち込んだこと、そして、改めて「俳句」型の演者でもあることを示し「アメリカ最高の俳優の一人」の地位を固めつつある状況だ。
ハリウッドに抗う「歌舞伎」革命
奇妙なミーム人気すら、革命的演技の産物かもしれない。1980年代に人気俳優となった彼は、TVインタビューで宙返りして空手を披露するなど、奇抜な行動で知られた。
(「Cage Rage」ミームとなった『バンパイア・キッス』のシーン)
なにより強烈な印象をもたらしたのは、観客の笑いを誘う大袈裟な演技だ。カルトな初期作『バンパイア・キッス』(1989)での「顔芸」とも言うべき表情は、もっとも人気なミームのひとつになっている。こうして豪快で大ぶりな演技は、全盛期のヒット作『フェイス/オフ』(1997)でも見ることができる。
シリアスなシーンをコメディにするかのようなオーバーアクティングに、難色を示す批評家も多かった。しかし、ニコラスにとって、それはハリウッドへの挑戦だった。アメリカ映画界では、メソッド演技法に代表される「自然主義」、つまり自然に見える演技表現への信奉が強い。一方、ニコラスは、ブルース・リーやジェームズ・キャグニーなどの古典映画スターは非現実的なパフォーマンスに刺激と真実味を宿らせていたと指摘する。
「自然主義」一強のハリウッドにおいて、ニコラス・ケイジが探求しつづけたものこそ、当人が「ウエスタン・カブキ(西洋版の歌舞伎)」と名づけた、 豪快でオペラ的な演技だった。今なおつづくミーム人気は、この「歌舞伎」型演技の衝撃、そして革命性の証明のようなものだ。俳優イーサン・ホークは、前述のメソッド演技法を普及させた名優マーロン・ブランドの名を挙げながら、ニコラスの偉業を讃えている。
「ニコラス・ケイジとはマーロン・ブランド以降、新たな演技芸術を成し遂げてみせた唯一の俳優だ。彼は、人々を自然主義への執着から引き離した。そして、大昔の吟遊詩人が好んだであろう、プレゼンテーション・スタイルの演技へと導いたんだ」
「俳句」型名優への転換
演技革命を見事果たしたニコラスだったが、借金を完済した2020年代に入ると、真逆の道を進みはじめる。今度は、静かな演技を見せる方向にシフトしたのだ。というのも、ジェームス・ディーンに憧れて俳優となっただけあり、『バーディ』(1984)で披露したような自然な演技スタイルこそ原点なのだという。
(『PIG ピッグ』英語予告編、日本では「カリテ・ファンタスティック!シネマコレクション2022」にて今夏公開中)
その腕前が遺憾なく発揮された作品こそ『PIG ピッグ』(2021)である。森の奥で孤独に暮らすトリュフハンターの豚がさらわれて始まる、この静かな映画を、ニコラスは「日本の俳句」的だと表現する。俳句では、五・七・五のあいだのスペースにこそ、文字以上の意味が宿っている……そう説いたニコラスは、本作で、言葉なきまま主人公の悲哀や誇りを体現してみせている。
『PIG ピッグ』における「俳句」のようなパフォーマンスで、ニコラスは複数の批評家賞を獲得。映画ファンのあいだで「アカデミー賞にノミネートされるべきだった名演」として語り継がれることとなった。こうして、長らく過小評価も受けてきたニコラス・ケイジは「最高の俳優の一人」としての評価を確立したのだ。
……ただし、予測不能な哲学者、ニコラス・ケイジは、近年「俳優(actor)」とすら名乗らなくなっている。
「演技という言葉は好きじゃなくなったんだ。うぬぼれた屁みたいな表現だけど、テスピアンと名乗りたい。今、演技というものは嘘をつくことになってしまった。偉大な俳優とは偉大な嘘つきであることになってしまう。一方、テスピアンというのは、自分のなかの真実を見つけだして、それを人々に伝えるため投影する者だ」
いろいろ先をいく独特な感性だが、彼の表現の魅力をとらえた言葉でもあるだろう。使われるワードは異なれど、『リービング・ラスベガス』(1995)によるアカデミー賞受賞スピーチでの一言こそ、ニコラス・ケイジは何者かを示している。「こんなことを言うのは野暮でしょうが、僕はただ、演技が大好きなんです」 。
セレブリティや音楽、映画、ドラマなど、アメリカのポップカルチャー情報をメディアに多数寄稿。著書に『アメリカン・セレブリティーズ』(スモール出版)