【キアヌ・リーブス】「ハリウッドの聖人」キアヌが実践する芸術論

「ハリウッドの聖人」。そう呼ばれる人こそキアヌ・リーブスの「いい人」伝説は数しれない。通りすがりの一般人を助けたり非公開で寄付を行ったりした逸話のみならず、ギャラをスタッフにわけ与えたり、スタントパーソンにバイクやロレックスを贈呈したりするなど、仕事仲間からの人望も厚い(参照記事:知れば知るほど好きになる! 型破りなハリウッドスター、キアヌ・リーブスの「規格外いい人」伝説)。快活な話し手が多いスターの世界で「沈黙を恐れない」聞き役であり思考家とされる人柄、プライベートを秘匿にしているミステリアスさによっても、ある面で偶像的な人気に拍車をかけている。「キアヌからの人生のメッセージ」というデマ文章がたびたび拡散されるほど誇大化している「いい人」説によって迷惑も被っているはずなのだが、それへの対応すら流石だ。「いい人と思ってもらえるのは良いことだね。それが本当かは別として」。

熱血の芸術論

キアヌ・リーブス
photo:Getty Images

子どもの頃から共感的だったというキアヌ・リーブスは、1964年、世界を旅する両親のもと生まれた。キアヌという名前は、父親のハワイルーツにちなんだ「山に吹く涼風」という意図でつけられた(ハワイ語の専門家によると本来は「涼しさ」のみを意味するとのこと)。三姉妹とともにシングルマザー家庭でトロントに暮らすこととなった彼は、カナダらしいユーモアと母ゆずりの英国的マナーを身につけた。俳優を志していた15歳の頃には、再婚相手の紹介のもと、映画セットで「飲食物を冷ましておく氷を運ぶ係」として活躍していたという。

温和な性格で知られるキアヌだが、芸術に関しては熱血だ。舞台系の学校に通ったこともあったが、校長との芸術論の相違によって一年で自主退学している。こうしてハリウッドへと飛びこみスターとなったわけだが、大ヒット映画『スピード』(1994年)の続編出演をかたくなに拒んでシェイクスピア舞台に出たため、当該大手企業から10年干されたという。また、商業的に失敗した『47 RONIN』(2013年)以降、当人が「刑務所」と呼ぶスタジオ映画に出ていない。 キアヌの芸術論とは「アートは何よりもまず創作者のもの」であり「俳優は絵の具にすぎない」というものだ。その上で自身の経験も役柄に活用しているため、自身の人格に関しても「僕の仕事を通してならわかるかもしれない」と口にしている。

事実、代表作『マトリックス』(1999年)で演じたネオと似たところもある。コンピュータに支配される人間の反乱を描いたこの物語は、今や「AI時代の予言」と評されているが、当時、出演を承諾したのは、自身の関心にぴったりだったからだ。それはずばり「物語とテクノロジーの相互作用」。ほかの作品『JM』(1995年)『スキャナー・ダークリー』(2006年)も、このテーマに連なっている。 そして現在、ネオのように、機械に対して「本当のものとの闘い」を繰り広げている。パートナーである美術家アレクサンドラ・グラントとメタバースを通じた芸術支援を行っているように、テクノロジーそのものを否定しているわけではない。彼が警戒しているのは、人々が見るものを操作し強要するようなアルゴリズム、AIによってクリエイティブを機械化しようとする企業郡だ。「アートにお金を払っている側は、アーティストへの支払いを回避する方法を模索している。芸術家は面倒で、人間とは厄介なものだから」。

悲劇から学んだ人生哲学

キアヌ・リーブス
photo:Aflo 映画『レプリカズ』(2018年)

キアヌは「仕事」を通してならデリケートな事柄まで明かす。彼の人生は、悲痛な喪失で知られている。1993年、『マイ・プライベート・アイダホ』(1991年)で共演した親友リバー・フェニックスが早逝。2001年には、流産を経験した元恋人が交通事故で命を落としてしまった。「一生消えることがない」悲しみを詩集『Shadows』(2016年)で表現した彼は、映画『レプリカズ』(2018年)で事故死した妻子を蘇らせようとする科学者を演じてもいる。

キャリア復活作となった『ジョン・ウィック』シリーズ(2014年〜)こそ、キアヌ・リーブスの集大成かもしれない。『マトリックス』で彼のスタントダブルをつとめた監督による同シリーズの売りは、VFXに頼らない「本物」のアクションだ。とくにキアヌがこだわっているのは、現実の戦闘にともなう痛みと犠牲の描写だという。

喪失の経験も、この役に活かされている。主人公は、妻を亡くした悲しみにとらわれる殺し屋なのだ。

「死別は、ジョン・ウィックという役の基盤のひとつだ。彼の悲しみが大好きなんだよ。キャラクターにおいても、人生においても、悲嘆で大切なのは、悲しみを向けている相手への愛なんだ。その炎と一緒にいれば、いつでもあたたかい」

「いい人説」が絶えないキアヌ・リーブスだが、芸術を通じてでこそ、その人間性が垣間見られるのかもしれない。「本当のもの」のために闘いつづける彼は、かつて、このような哲学を語っていた。「喪失は、僕にたくさんの感謝を教えてくれた…人生は尊い。大切なものだ」。

辰己JUNKプロフィール画像
辰己JUNK

セレブリティや音楽、映画、ドラマなど、アメリカのポップカルチャー情報をメディアに多数寄稿。著書に『アメリカン・セレブリティーズ』(スモール出版)

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