【ビリー・アイリッシュ】「天才少女」から引きこもりへ……。ビリーの深刻な告白と復活

「天才少女」として、日本でもセンセーションを巻き起こしたビリー・アイリッシュ。なんとも華やかな話だが、子どもながらスーパースターになってしまった若者が苦労するのは芸能界のつねでもある。このたび新作を出した彼女にしても、成功後「70歳の老人のような」生活を送ることになったと告白した。一体なにが起こったのだろう?

ビリー・アイリッシュ Billie Eilish
2024年3月オスカー授賞式。poto:Aflo

2001年、ビリー・アイリッシュ・パイレート・ベアード・オコンネルが生まれたのは、カリフォルニアの芸術一家。裕福というわけではなかったが、学校に通わず自宅学習を受けていた子どもたちは音楽やダンス、演技といったクリエイティブな教育機会を与えられていった。家族全員が音楽をつくっていた環境において、ビリーが曲づくりをはじめたのは、母が教える作曲クラスに参加した11歳のときだったという。

Z世代を象徴する「天才少女」

ビリーが有名になったのは弱冠13歳のとき。2015年、ダンス用に兄フィニアスと共作した楽曲「Ocean Eyes」をインターネットに投稿するやいなやバズっていったのだ。そこから人気を稼いでいき、2019年のデビューアルバム『WHEN WE ALL FALL ASLEEP, WHERE DO WE GO?』によって大成功。18歳にしてグラミー賞を制覇した「天才少女」として世界的成功を果たした。

ビリー・アイリッシュは、新世代の象徴になった。ダークで奇抜な作風、インターネット育ちさながらのラップやロックを混ぜあわせたジャンル融合サウンド、メンタルヘルスや環境問題のモチーフ、ジェンダーレス風のストリートファッションなど、それまでの若者像とは異なるZ世代のイメージをクールなかたちで体現していたのだ。

新時代を象徴する「天才少女」の登場は、音楽界を変革する衝撃として受け止められた。当時20代なかばだった人気アイドル出身歌手ハリー・スタイルズが「ビリーのおかげで自分がもう若くないと思い知らされた」結果、プレッシャーから解放されたほどだ。

一方、ジャスティン・ビーバーが、ビリーの境遇を心配して涙する一幕もあった。若くして有名になり過酷な人生を送ることとなった先輩スターとして、彼の不安は的中したかもしれない。

5年にわたる引きこもり

ビリー・アイリッシュ Billie Eilish
2021年メットガラ9月、共同ホストをつとめた。photo:Getty Images

「天才少女」としての栄光を手に入れたビリーは、引きこもりのような状態になっていったという。言動が歪められて拡散されたり、どこへ行っても写真を撮られたり、ストーカーが家宅侵入したりして、家から出なくなった。さらに、本人が、世間で抱かれる「神秘的でクールなイメージ」に固執するようになった。業界で知りあった俳優ゾーイ・クラヴィッツから遊びに誘われても「仲良くなったらクールじゃないとばれて嫌われてしまう」と言って断りつづけた。

混乱のさなか、2021年にリリースした2ndアルバム『Happier Than Ever』は、殻を破るよう努める試みのようだった。体型を隠す服装からセクシーなブロンドガールにビジュアルを一変させ、音楽も上品なジャズ風になってファンを驚かせた。

精神的危機が決定的になったのは同年の冬、20歳の誕生日パーティーだった。「まわりを見わたしたらみんな私が雇ったスタッフだった。私には、本当に友だちがいなかった。上下関係のない対等な人間関係が存在しなくて、周囲から怖がられていた」。

うつ病を発症したビリーはどん底状態となった。「7年間、なにも楽しいことをしてなかった。楽しんでるって思い込んではいたの。18歳でグラミーを5つも受賞したなんて、そうそうできる経験じゃない。でも、人として、人生経験を積んでなかった。5年も外出してなかったんだから、経験しようがない」。

ビリーは、本音を演劇的な曲に込めた。映画『バービー』に提供した「What Was I Made For?」では、劇中のストーリーをなぞりながら「偽った像にお金を払われる存在」たる語り手が、自分の存在意義を問いかけていく。ミュージックビデオは、本当の自分を探す決意をくだしたビリーが、画面の外へと去って終わる。これと同じく、現実の彼女も、意識的に外の世界にふれるようになっていった。

「ただの女子」へ戻る新作

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2019年12月のBillboard Women in Musicにて。photo:Aflo

2024年に発表された3rdアルバム『HIT ME HARD AND SOFT』のコンセプトは、ずばり「2019年の本当の自分に戻る」試み。同年といえば狂騒を巻き起こしたころだが、同時に、まだ一人の少女としての心が残っていたころでもあった。

2019年に戻るといっても、当時寄せられた新世代の「天才少女」といった象徴の役目はお断りする方針のようだ(環境問題をのぞいて)。2024年、22歳のビリー・アイリッシュとは「ただの女子」だという。

この指針は、音楽をとおして聴きとれる。過去を否定しようとした2ndアルバムと異なり、今作ではこれまで魅せてきた得意分野をひきあげるアプローチがきわだつ。同時に、クールな振る舞いがめだった初期より、肩の力が抜けている。同性との性的愉しみを語る「LUNCH」、『千と千尋の神隠し』の主人公と自分の視点をないまぜにした「CHIHIRO」など、遊び心があり繊細で、より自由だ。

「天才少女」像から脱皮した「ただの女子」としてのアルバム『HIT ME HARD AND SOFT』は、ビリー・アイリッシュのあらたな代表作となるだろう。少なくないリスナーが、かつて誘いを断られていたゾーイ・クラヴィッツと同じ感想を抱くはずだ。「あれから、ビリーと本当の友だちになった。本人は仲良くなったら嫌われるって言ってたけど、実際は反対だったの。彼女を知れば知るほど好きになった」。

辰己JUNKプロフィール画像
辰己JUNK

セレブリティや音楽、映画、ドラマなど、アメリカのポップカルチャー情報をメディアに多数寄稿。著書に『アメリカン・セレブリティーズ』(スモール出版)

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