情熱的な現代ヒロイン

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1982年、厳格な上中流階級に生まれたアン・ジャクリーン・ハサウェイは、ニュージャージー州にて舞台やサッカーに打ち込むボーイッシュな女子として育った。
『プリティ・ウーマン』(1990年)のような映画に夢中だったが、ジェンダーギャップに疑問も感じていたという。当時の映画といえば、行動的な男性が活躍する一方、ヒロインは受け身ばかり。アン自身は情熱的でアグレッシブな気質だったため、納得がいかなかったのだ。
実際、アンは熱心に夢に邁進していった。両親の反対を押し切ってプロの俳優を目指し、15歳の時点でエージェントに自分を売り込んでいった。
「シンデレラストーリー」が花開いたのは18歳のとき。オーディションで緊張しすぎて椅子から転げ落ちた初々しさが決め手となり、普通の女子が一国の女王になるディズニー映画『プリティ・プリンセス』(2001年)の主演に抜擢されたのだ。
スターダムを決定的にしたのは、ファッション編集部を舞台にした大ヒット映画『プラダを着た悪魔』(2006年)にほかならない。お姫さまルックで知られたアンは、おしゃれに無頓着ながらカリスマ編集長と熱心にやりあう新人を演じることで、キャリア女性のアイコンにもなったのだ。
これにしても、持ち前の情熱を発揮して手にした役だった。主演候補として九番手に過ぎなかった若手として、役柄さながら面接オフィスにあった枯山水風の砂に「私を起用して」と文字を残すほど熱烈に交渉したという。
栄光まもないキャリア危機

『レ・ミゼラブル』(2012年) photo:Aflo
キャリアの栄光と危機も、ある種、情熱的な性分によってもたらされた。役作りに打ち込むことで有名なアンはミュージカルの名作を映画化した『レ・ミゼラブル』(2012年)にて、元舞台俳優の母も演じたことがある悲劇の女性、フォンテーヌ役に就任。歌唱を特訓しながら11キロ減量したばかりか、時代考証まで徹底して自ら髪を剃って話題を集めていった。
感動の熱演によってアカデミー助演女優賞に輝いたものの、そのころには「露出過剰」と見なされる向きが高まっていたことから、インターネットで「大袈裟でうざったい女性」だとバッシングを引き起こすことになってしまった。
のちに「性差別的なバッシングだった」と反省する人が増えていったものの、当時のアンが受けた傷は大きかった。さらに、当時は業界でも彼女を干す流れができていた。
そんななかアメコミ大作『ダークナイト ライジング』(2012年)で仕事をしたクリストファー・ノーラン監督が当時のSF新作『インターステラー』(2014年)に起用してくれたことでキャリアをつなげることができたのだという。
挑戦をつづける40代
苦難を経て、アンは取材を減らしてインターネットも見なくなり、映画に集中することを決めた。それはある種、映画を通して「語る」試みでもあった。
プロデューサーの夫とのあいだに息子に恵まれたのち、二年ぶりの復帰作となった『オーシャンズ8』(2018年)での役柄は、泥棒たちの標的にされるわがままなハリウッドスター。かつて自分がそう思われていたような役柄をコミカルに演じたことで、ふたたび大衆を魅了してみせた。
「辱められるのは本当につらい。それでも、心を閉ざしてはいけない。大胆さを失っては駄目。『安全圏に縮こまっていれば目立たず叩かれない』と思ってしまうものだけど、そこに安住するなら俳優なんてやるべきじゃない。俳優というのは綱渡り師のようなもので、命をかけた挑戦に徹する存在なの。お客さんにお金と時間を割いてもらって注目を集めようとしているわけだから、それに見合うものをお見せするのが義務」
幼いころから人を喜ばせるのが大好きだったアン・ハサウェイが一貫させているのは、演技を通して感動と現実逃避を届けるパフォーマー魂だ。
一方、俳優としてのアプローチは変わったという。「自分に厳しくする」完璧主義をやめ、あえてリスクを残すようになった。すべては、つねに新しいことに挑み、未知なる領域に身を委ねるために。この絶えまなき勇敢な情熱こそ、アン・ハサウェイを現代のヒロインにしている力なのかもしれない。
40代になったアンの出演作はますますチャレンジングになっている。ラブコメ映画『アイデア・オブ・ユー 〜大人の愛が叶うまで〜』(2024年)では、若きアイドルと恋に落ちるシングルマザー役。オスカーへの復帰も期待される実験作『Mother Mary』(公開未定)ではポップスターとしてダンス歌唱を披露する予定だ。ノーラン監督との再タッグとなる大作『オデュッセイア』(2026年公開予定)でも重要な役柄についた。
『プラダを着た悪魔』人気の理由

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待望の『プラダを着た悪魔』第二弾も、未知なる挑戦のひとつだ。アンの出演作に欠けていた要素は、スマホを筆頭とした「日常生活でよくあるストレス」。つまり、彼女をひどく傷つけてきたインターネットの負の部分を深ぼる作品は避けられがちだった。しかし、メディア業界を舞台にする同シリーズを今やるとなると、デジタルについて正面から取り扱わざるを得なくなる。
アン自身は『プラダを着た悪魔』の魅力を「上下関係」にあるとしている。きらめくファッション界が舞台でも、横暴な上司に振り回された経験は多くの人が持っているから、負けじと頑張る主人公に共感が集まるというわけだ。まさに、情熱と勇気を絶やさないアン・ハサウェイにぴったりな役だ。前作よりも経験を重ねて挑まれる続編でも、新たなヒロイン像を届けてくれることだろう。