浮き世離れしたお姫さま

Bruce Paltrow, Gwyneth Paltrow, Blythe Danner February 23, 1997 photo:Getty Images
実際、グウィネス・ケイト・パルトローは、1972年にNYで生まれたときから生粋のお嬢さまだった。父ブルースは著名なTVプロデューサー、母親は『ミート・ザ・ペアレンツ』シリーズ(2000〜2010年)で知られる舞台俳優ブライス・ダナーだ。
多忙な父にかわいがられて贅沢三昧に育ったグウィネスは美術関連の職を目指していたというが、結局は母に憧れて映画界へ。10代のうちに、家族ぐるみで親交のあったスティーブン・スピルバーグ監督の『フック』(1991)で小さな役をもらっている。
初期のイメージは、時代劇が似合うお姫さま。スターとしては品のあるミニマルなファッションで1990年代のイットガールとなり、ベン・アフレックといったスターと交際を重ねていった。
グウィネスの個性とは「俗世」に無関心とばかりに浮き世離れしながら、どこか地に足がついているクールさにあった。恵まれた育ちを取り繕おうともしない姿勢は、こんな発言にも表れている。「NYで育つ欠点は、あまりに知的で洗練された環境だから、アメリカらしい普通の青春を楽しめないこと」。
こうした率直な発言は、自慢なのか皮肉なのか、それとも本気なのか? わからないのがグウィネスらしさというわけだ。

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ただし、裏では過酷な体験もしていた。新人時代、打ち合わせのホテルに行ったら大物プロデューサー、ハーヴェイ・ワインスタインと二人きりにされて逃げ出し、当時の恋人ブラッド・ピットに助けてもらったこともあったという。
オスカーから265億円ビジネスへ

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俳優としての栄光は、転落と同時にやってきた。ワインスタインの熱烈な支援を受けて『恋におちたシェイクスピア』(1998)主演女優としてアカデミー賞を獲得したのだ。ほかの候補が高く評価されていたこともあり、反発は大きかった。
一気に「世界一嫌われる女性俳優」になってしまった経験は、大きなトラウマとなった。2000年代にも演技はつづけたが、30歳の誕生日を迎えたころ最愛の父を亡くし、燃え尽き症候群に。人気バンド、コールドプレイのクリス・マーティンと結婚して娘のアップルを授かると、ロンドンで母親業に専念するようになった。
それでも、グウィネスは話題の的でありつづけた。父の闘病をきっかけに健康や食事に関心を深めたことで、2008年、ふと友人向けにウェルネス系ニュースレターを発行。そのまま事業化することになった。
ライフスタイルブランドのgoopは、グウィネスの「嫌われ要素」を魅力へと錬金した。誰しも知るリッチな暮らしを彩る高級商品を販売していったのだ。自身のヴァギナの香りを謳うキャンドルをつくって物議をかもすこともあった(実際には普通の柑橘系のにおいだったらしい)。
10年間でレストランやNetflix番組に拡大したgoop帝国は、評価額2億5000万ドル(当時265億円)もの企業に成長。このころには、グウィネスのお金持ちキャラはすっかり持ちネタと化していた。CEOとしての彼女のメールの署名にはこう記されているという。「6万2,760ドル(約980万円)の屋内ハンモックから送信」。
#Metooの開拓者

September 3, 2011 photo:Getty Images
「ニセ科学」ブランドと厳しく批判されたこともあった一方、グルテンフリーやマクロビオティックなど、最初は叩かれながら普及に成功したものも少なくない。グウィネスは、自身のキャリアについて、傷つきながら先陣を切る開拓者、と定義している。
グウィネスは#MeToo運動でも先陣を切った。2017年、前出プロデューサー、ワインスタインによる数々のセクシャルハラスメントが告発された。業界に緊張が走るなか、アンジェリーナ・ジョリーらとともに自身の被害体験を明かしたのだ。
ワインスタインがほかの女性に性的関係を迫る際、グウィネスの成功を脅し文句にしていたと教えられたことで打ちのめされて決心したのだという。この調査報道を映画化した『SHE SAID/シー・セッド その名を暴け』(2022)にも本人役で出演している。
15年ぶりの復帰

December 16, 2025 photo:Getty Images
ハリウッドで深い傷を負ったグウィネスは、ほとんど身も心も映画から離れていた。2000年代よりアイアンマンの恋人役として出演していたMCUシリーズには顔を出していたが、新しい映画はからきし観なくなったという。トム・ホランドといったMCU共演者の顔を覚えていないことも珍しくない。
トラウマの象徴となったオスカー像も、自宅のドアストッパーに使っていたほどだった。しかし、クリスとの円満離婚、父親似のプロデューサーとの再婚を経て子どもたちが親離れしたことを機に、像を棚に置き直し、演技復帰を決めた。
15年ぶりの「本格ドラマ」に選ばれたのは『マーティ・シュプリーム 世界をつかめ』(2026年3月13日公開予定)。主演のティモシー・シャラメすらよく知らなかったというが、90年代世代たる監督は特別な役を用意していた。「地主階級の威厳を持つ女神」と謳われる、引退した映画スター役だ。戦後の1950年代を舞台に、資産家の妻としてシャラメ演じる卓球選手と愛人関係を結び、若々しい野心に触発されていく。クールではあるが、憂いを帯びた難しい役どころだ。
50代としての再挑戦の背中を押してくれたのは、同じく引退を経て復帰していた親友キャメロン・ディアスの言葉だったという。「あなたはとても豊かな人生経験を重ねてきたでしょ。それを全部、演技に活かせるの」。グウィネス・パルトローは、今でも浮き世離れしていて、掴めない存在だ。そんな彼女の本気は、やはり演技でこそ見られるのかもしれない。