八代亜紀さんが、ハスキーボイスにのせて、「届けたいもの」

演歌歌手としてデビューしながらも、ジャンルを超えた意欲的な活動を行い、国民的ディーバと呼ぶにふさわしい存在である八代亜紀。最新作『哀歌―aiuta―』では、長年親しんだブルースをテーマに選んだ彼女に、歌い手としての原点や信条を聞いた。

――子どもの頃はハスキーな声にコンプレックスを抱いていたそうですね。

そうなの。歌手を志していた私は、15歳のときに友達の紹介で、地元のキャバレーで歌うことになったんです。自分の声がエコーに乗って聴こえてきて初めて、「なんていい声だろう!」と思った(笑)。そして歌い始めたら、ホステスさんたちとお客さんが全員フロアに出てきて、ダンスを始めたんです。そのとき「これが私の仕事だ」と確信しました。3日目に父にバレて、散々叱られましたけど(笑)。

――そのお父さんに幼い頃に聴かされた浪曲が、八代さんの原点なんですよね。

はい。私にとって父が歌っていた浪曲が音楽のもとであり、歌の原点。魂で知らされたメロディなんです。魂そのもの、ですよね。2~3歳の頃に母と子の別れを描いた曲を聴かされて、意味がわからないはずなのに泣いていたそうです。以来、歌は哀しみの中から生まれるものだと、自分なりに解釈してきたんでしょうね。

――最新アルバム『哀歌―aiuta―』で取り上げたブルースにも、浪曲に通じる部分があるんでしょうか?

ありますね。今回はレコーディングに先立ってブルースの聖地メンフィスを訪れたんです。本場を見たら何かが変わるかもしれないと思って。やっぱり違いましたよ。さまざまなことを見聞きして本当の意味の哀しさを、奴隷制度があった時代の、人間の究極のドン底を知りました。その中から生まれたのがブルースなんです。あまりにも過酷だから、夜中にみんな小屋から出てきて、月明かりの下、あってないようなメロディを奏でながら哀しい歌を歌った。せめて歌おう……と。

私は代弁者であり父親譲りのこの声で演じている

――哀しい曲をたくさん収めたアルバムの中でも、中村 中(あたる)さんが書いたオリジナル曲「命のブルース」は特につらいですね。

中さんには「死ぬほどつらい曲を」とお願いしました(笑)。彼女にもつらい経験がたくさんあると思うし、オリジナルということで、今の私が伝えたいメッセージとしてのブルースを作りたかったんです。ほら、「夢を持とう」とか「頑張ろう」とか、常に私も言うし、それはすごく大事なこと。でも世の中には、本当に苦しんでいる人が大勢います。私は30年間、女子刑務所の慰問をしていて、つらい話をたくさん聞いてきましたが、自分は救われないと思っている人がこういう歌を聴いて、「自分だけじゃないんだ」と感じることが絶対あると思うの。

――哀しみや切なさを歌う人として知られていながら、ご自身はとても明るい人柄で、そのギャップも興味深いです。

私は代弁者だから、自分の経験を歌うわけじゃない。歌っている恋はどれも経験がないの。自分で気づいていないだけだと言われますが(笑)。曲を聴くと映像が頭に浮かんで、その映像をもとに、父譲りのこの声で演じているんです。代弁しているだけだから、「これはあなたのことかもしれない」という形の表現。それが、どこかで誰かに伝わっているんですね。

【SPUR的八代さん必聴盤】

『八代亜紀と素敵な紳士の音楽会 LIVE IN QUEST』(¥2,381/日本コロムビア)
“八代ジャズ”路線を堪能できるライブアルバム。「舟唄」など持ち歌もしゃれたアレンジで。


『夜のアルバム』(¥3,000/ユニバーサル ミュージック)
小西康陽のプロデュース&アレンジで、子どもの頃から親しんだジャズを歌う一枚。


『MOOD』(¥2,381/日本コロムビア)
カバー曲と書き下ろし曲で、ボサノバもR&Bも網羅した、八代流のポップ・アルバム。

PROFILE

熊本県八代市生まれ。12歳のときに聴いた、ジュリー・ロンドンの歌に触発されて歌手を志し、1971年にデビュー。「舟唄」や「雨の慕情」ほか数々のヒットを生み、2010年に文化庁長官表彰受賞。


『哀歌-aiuta-』(¥3,000/日本コロムビア)
アメリカと日本の古典的ブルースのカバーに加えて、THE BAWDIESら3組が提供したオリジナル曲を、重厚なアレンジで聴かせる。

photography:Makoto Nakagawa〈aosora〉 hair:TETSU〈sekikawa office〉 make-up:COCO〈sekikawa office〉

SPUR2016年4月号掲載
>こちらの特集は電子書籍でもご覧いただけます

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