サリンジャー生誕100年へカウントダウンが始まる

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『REBEL IN THE RYE(原題)』初の伝記映画。サリンジャーは若き日にハリウッドに原作を提供したこともあるが、その出来にがっかりして以来、決して関わろうとはしなかった。自分の生涯が映画になるのは皮肉だが、どう描かれるかファンならずとも気になるところ。2018年全国ロードショー。

 2018年はJ.D.サリンジャーが生まれて99年目。生誕100年へ向けてさまざまな企画が立ち上がりそうだ。すでに初の伝記映画『REBEL IN THE RYE』の公開が決定している。

 サリンジャーとは何者なのか。青春小説の傑作『ライ麦畑でつかまえて』は誰でも知っているだろう。国境と時代を超えて読み継がれているロングセラーであり、いまだにその魅力は色あせない。人は誰でも10代の頃に自分自身と向き合う時間を持つ。『ライ麦』の主人公、ホールデン・コールフィールドの彷徨は、今も若者たちには自分自身の制御できない感情の生々しさを、大人たちには懐かしい痛みを感じさせる。思春期のアイデンティティをめぐる鬱屈という普遍的な問題が取り上げられているからだ。

 しかし、いまだにサリンジャーをめぐる話題が絶えないのは、『ライ麦』の人気によるものだけではない。サリンジャーその人が謎めいた生涯を送った人物だからだ。2010年に91歳で亡くなるまで、たった4冊の小説を刊行しただけでそのほかの作品の出版を許さず、装丁にまで細かい注文をつけた完全主義者。私生活をマスコミから徹底的にガードし、公の場に姿を現すことはもちろん、インタビューにもめったに応じなかった。東洋思想にのめり込み、隠棲後は瞑想と執筆を日課とする生活を送っていたとされるが、新しい作品が発表されることはついになかった。

 サリンジャーが俗世間から離れたのは『ライ麦』の成功により周囲が騒がしくなったことを嫌ったからだと言われるが、皮肉なことにかえって世間の好奇心をそそってしまう。サリンジャーの私信を掲載した伝記の差し止めを裁判に訴え勝訴はしたものの、その改版が注目を集める結果になったり、実の娘が父について書いた『我が父サリンジャー』がその率直な筆致と豊富なエピソードで話題になったりもした。結果として著書よりも評伝や評論のほうが多く出版されていて、2013年にはドキュメンタリー映画(日本未公開)が作られ、その取材に基づいた膨大な証言で構成された『サリンジャー』が刊行されるなど、サリンジャーの周辺はまだ静かになりそうにない。

 サリンジャーが自分の人生をどう考えていたかを知ることはもはやできない。しかし、物語のなかにはさりげなく謎をちりばめ、安易な解釈を拒否する姿勢は、その生き方と重なって見える。しかも、感想を言葉にすることは難しいが、大切な何かを受け取った、という文学的な経験を味わえることもまた確かなのである。結局のところ、サリンジャーの残した謎を解くのは私たち読者一人ひとりに任されているのかもしれない。

1951年

『ライ麦畑でつかまえて』

J.D.サリンジャー著 野崎 孝訳(白水社/880円)

サリンジャーの代表作であり熱狂的なファンを持つ青春小説の名作。寄宿学校を追い出され、ニューヨークをさまようホールデン・コールフィールドが主人公。くだけた話し言葉の一人称で語られる物語は大人たちの偽善を暴き、無垢なるものへの郷愁をかき立てる。

1953年

『ナイン・ストーリーズ』

J.D.サリンジャー著 野崎 孝訳(新潮文庫/520円)

グラス家の長男、シーモアの自死を描いた衝撃的な短篇「バナナフィッシュにうってつけの日」ほかを収めた短篇集。サリンジャーは自らを短篇作家と見なし、有力雑誌から何度も掲載を断られながらプロ作家としての腕を磨いていった。

1961年

『フラニーとズーイ』

J.D.サリンジャー著 村上春樹訳(新潮文庫/630円)

グラス家サーガの中核的な作品。大学で演劇を学んでいたが、周囲の俗物ぶりに耐えられなくなった繊細なフラニーと、彼女の精神的な危機を救おうとする若手俳優のズーイ。兄妹の会話と振る舞いは演劇的で、その裏側まで想像したくなる。

SOURCE:SPUR 2018年2月号「2018年の#INSPOを探せ」
text:Kenji Takazawa

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