情報システム・技術職 ⇌ マンガ家 サレンダー橋本

兼業はいい意味での逃げ道でもある 

 『明日クビになりそう』『働かざる者たち』と昨年は2冊の単行本を発表したマンガ家のサレンダー橋本さん。9年前に新卒採用された企業に情報通信を扱う技術職として勤めながら、マンガ家としても注目されている。

「マンガ家の活動を始めたのは、入社して5年目ぐらいのタイミング。その頃は時間に余裕のある部署だったので、趣味を持つ人も多い環境でした。もともとマンガが好きで、吉田戦車さんなどのギャグマンガ、野球好きが高じて『ドカベン』や『タッチ』などを愛読。時間に余裕ができたことから、マンガばかり読んでいたところ、自分でも描いてみようかという気持ちになったんです。本業での仕事って自分の役割を果たし、他人から認められるという気持ちよさがある。でも、普段の会話でぽろっと言ったことが人にウケることのほうが実はうれしいなと思って。もっと多くの人にウケたいと思ったのがマンガを描くきっかけだったのかも」

 マンガ家としての第一歩はネット上に投稿することだったという。

「まずは4コママンガから始めて、ブログにアップしていきました。10編ぐらいためた段階で、いろいろなメディアに送ったんです。そのうちにウェブメディア『オモコロ』から声がかかるように。描かないと怒られる状況にならないと、自分は描けないタイプなんだと実感しましたね。周りの作家も面白いので、自分だけつまらないものを出して恥をかくのがつらすぎる!という気持ちに火がつきました」

 順調に人気を獲得し、現在では連載ものも手がけ、毎日マンガを描く生活だ。会社から帰宅し、食事などを済ませたあとは午後10時から午前3時までを制作時間にあてている。

「この生活のヒントとなったのは、マンガ家しりあがり寿さんの『マンガ入門』という本でした。兼業だと、本業でもマンガでも100%を求められると思っていたのですが、その本にはマンガ家をやっているときには本業がある、本業をやっているときにはマンガがあるといって自分をごまかしながら続けたというエピソードがあったんです。自分の状況にもあてはまっていたし、いい意味で逃げ道があることを教えてくれたんですよね。窮地に陥ったときにもう一方があると思うと、精神的に追い詰められない気がします。ただ、優先するのは本業で、マンガのために会社は休まないことがルール。この生活を両立させるために、通勤時間でネームを考え、ランチタイムにアシスタントや担当編集者への連絡をするなど効率よくやっています。北海道と福岡にアシスタントがいますが、これはデジタル時代だからできることなのかも」

 マンガ一本でやっていこうとする予定はあるのかと聞くと、しばらくは兼業が自分のスタイルと答えてくれた。

「サラリーマンの物語を描いていることもあり、社会との接点は必要なんです。送別会や飲み会など、会社は人物観察をするにはうってつけ。社会に出て、『仕事をしない人がいるんだ』ということに衝撃を受け、でもなぜだか自分はそこに惹きつけられてしまうんですね。仕事をしながら、何か引っかかるものはないかと常にアンテナをはっています。ちょっとずつたまっていったものを引っ張り出して、くっつけて作品にしていく感じ。だからあまり本業とマンガ家の切り替えって自分の中にはないのかもしれません」

サレンダー橋本/されんだー はしもと
1988年、神奈川県生まれ。2013年からウェブメディア「オモコロ」でギャグマンガを描き始める。雑誌『週刊SPA!』『ヤングチャンピオン』の連載ほか、本誌企画「SPO」のイラストなども担当している。