PROFILE
生井 祐介さん
25歳で料理の世界に飛び込み、名店「シック・プッテートル」のシェフを務めた後、独立。2020年「アジアのベストレストラン」では35位にランクイン。
フレンチをベースにした新感覚のガストロノミーレストラン。生井シェフは、そのジャンルにおける新世代として、今、最も注目を集めるひとりだ。
「海外からのお客さまも多く、3月に入ってキャンセルが目立つように。予約が入っていた4月4日までは、席の間隔を空けながら営業していました。4月5日からは当面の間、クローズすることに。先が見えないし、短期的な問題ではないので不安もありましたが、収束したら、おそらく新しい世界になるだろう。そこに向けて、『今できること、今しかできないことを思いきり楽しもう』と気持ちがシフトしました」
普段のままではおいしい料理の提供はできないし、スタイルを変えてしまうと、これまで積み上げてきた味やブランドイメージが崩れかねない。そこでひらめいたのがスピンオフ企画。架空の店を、なんと3店も立ち上げた。
「ファッションブランドのセカンドラインの感覚で、根底のフィロソフィーは残しつつも、『あったらいいな』をブランド化しました。まず、テイクアウトが主体の『567』。ファラフェルやキューバサンドなど、フランスでよく食べていた、良心価格でおなかいっぱいになるサンドイッチやホットドッグを。二つ目が『Butterfield』というフィナンシェの専門店。自宅にいる時間が長くなると、いつも以上においしいお菓子が食べたくなる。焼きたてのバターがジュワッとあふれるフィナンシェのおいしさを知ってほしいという個人的な嗜好から。そして三つ目が、フレンチの総菜を真空にしてセットにした『CHOTTO peut-etre』。ガストロノミーと呼ばれ、独創性を追求する『Ode』では、シャルキュトリーや煮込みなどの伝統料理をなかなか提供できません。とはいってもフレンチの基本だし、若いスタッフが時間も手間もかかる地に足のついた料理を作る機会は時代とともに減っているので、この機会に何百年も受け継がれる料理の文化を知り、作り込む経験をしてもらえたらな、と。何より茶色い料理はおいしいですしね(笑)」
魚専門店「Butterfield」のフィナンシェは、ナチュールとキャラメルサレの2種。普段の「Ode」では出合えない、シンプルなテイストに。
テイクアウト専門の「567」の「キューバサンド」。ロースハムやピクルスを挟んで。ファラフェルサンドやホットドッグなども。
フレンチの総菜セットを販売する「CHOTTO peut-etre」。今後も継続予定で、オンラインショップもオープン。地方発送可。
やさしい語り口ながら、コロナ禍中、総菜セットのために製造業の申請を出し、厨房の工事も行なったという生井さん。並々ならぬ探究心と行動力は、食材探しにおいても同じ。納得のいくものと出合うため、これまで全国各地の生産者のもとを訪ね、顔の見えるつき合いを何年も続けてきた。
「みなさんのためにも発注は止めませんでした。そんな方々から突然、注文していない柑橘類やシラス、山菜なんかがどーんと届いて、『こんなときだからこそ頑張りましょう』とメッセージをもらって。うれしかったですね」
普段とは違ったスタイルでの営業。続けてみて何を思ったのか?
「今しかできないことを、と思って始めたスピンオフ企画ですが、『お土産として渡したいので総菜セットを用意してほしい』とか『サンドイッチがまた食べたい』など、いろいろなニーズが拾えたし、リクエストも予想以上に多かった。それぞれの企画がひとり歩きしてイメージをつくっていけるのなら、続けてみるのも面白いかな、と。
また、新型コロナウイルスによる外出自粛期間が明け、価値観のようなものが刷新されつつある今。僕らが特に大事にしてきたレストランで過ごす時間の豊かさを、これまでのように提案し続けられるのか。それとも食べることだけが目的になっていってしまうのか。そうであれば、省かなければいけないところもあるのか。様子を見ながら着地点を見つけたいと思っています」