ジョーダン・ダニエルズとコウカ・ウェブ。モデルの仕事で得た影響力を武器に、それぞれが目指す理想の社会に向かって一歩を踏み出している。ふたりとともに、よりよい世界について考えてみたい。
Jordan Daniels「みんなが共感しあって、成長していける社会を目指したい」
ジョーダン・ダニエルズ●南アフリカ共和国出身の両親とともに、幼少期にニュージーランドへ移住。2019年春夏コレクションのプラダでデビューし、数々のトップブランドのランウェイを制覇。現在はニューヨークに暮らす。
ルーツに誇りを持ち差別には立ち向かう
売れっ子モデルの登竜門であるプラダのランウェイで、2年前にデビューしたジョーダン・ダニエルズ。以降、アレキサンダー マックイーン、ヴァレンティノ、マーク ジェイコブスなどビッグブランドのショーを駆け巡り、またたく間に注目の的に。そのおかげでSNSでの影響力を得た彼女は、関心のある社会問題についてメッセージを発し、積極的に活動を行なっている。
南アフリカで生まれ、ニュージーランドで育ったジョーダンが大切にしているのは自身のルーツだ。
「南アフリカ人の両親は有色人種を差別したアパルトヘイトの悲惨な歴史を教えながら私たちを育ててくれました。自閉症の弟もいて子どもの頃から地元の教会でボランティア活動に参加していました。私にとってマイノリティへの支援はとても自然なことなんです」
17歳でスカウトされ、ニュージーランドとオーストラリアでモデルの仕事をしながらソーシャルワーカーになるために大学に通っていた。しかし、モデルの仕事を通してもっと知らない世界を見てみようと、18歳で現地の学校を中退しアメリカに渡った。
新天地では、撮影現場で差別的な発言や態度に遭遇することが。
「白人の血を引く出自を根掘り葉掘り聞かれたり、髪がカーリーじゃないのでカツラをかぶっているのではないか、と頭皮を引っ張られたり、アフリカ人ということをやたら強調されたり。アジアと黒人のマーケットを対象にしたいからお願いしたとか。デビューが同じでも、白人モデルのほうに仕事が偏り、同僚の黒人モデルが雑巾のように使われて、忘れ去られていくのを目にしたこともある」
それでも彼女は前を向き、こう語る。
「私のルーツは祖先が歴史を刻んだ南アフリカ。故郷と呼ぶのにふさわしい場所です。それに私はマイノリティ、つまり有色人種であることに誇りを持っています。肌の色が違うことで人種間に壁ができたり、差別されたりすることにはしっかりと立ち向かいたい。人は誰もが公平に、最高の人生が送れるように生まれてきたはずだから。特に子どもたちはね」
ジョーダンが今、最も力を入れて支援しているのが、イギリスに本部があるスターフィッシュ・グレートハーツ・ファウンデーション。エイズの影響で孤児になり、貧困に苦しむ南アフリカの子どもをサポートする団体だ。
「南アフリカは残念ながら世界で最もエイズの影響を受けている国。この団体の支援活動の輪を広げたいので、随時インスタグラムで発信しています。同時に性的虐待やHIV感染妊婦の話も加え、サイトの訪問者からほかの人々へと会話が広がるようにもしています」
アメリカで人種差別抗議活動が一気に広がった直後、ジョーダンは所属エージェンシーから電話をもらった。「あなたの担当エージェントが非白人のほうが安心できるなら忌憚なく言ってほしい」と。ジョーダンは「大丈夫、心配しないで」とその提案を断ったが、エージェンシーの心遣いがとてもうれしかったという。
「この電話一本で、仕事も毎日の生活も気分が楽になった。やっと私たちのことをちゃんと見守ってくれる人たちが現れたと。とてもありがたいです。今後もSNSを通して黒人や非白人の方たちへの支援を続けていく予定です。理想の社会を思い描くことは難しいけれど、みんなが共感しあって成長していける社会がいい。決まり文句のようで恥ずかしいけれど、すべての人が彼らの人生を愛して、お互いを受け入れ合って行動していけば、私たちは新しいスタートが切れると思っています」
左 ケープタウンで撮影された、若かりし頃の両親の写真。アパルトヘイトの歴史を子どもにしっかりと教えてくれた。
右 写真家ティレル・ハンプトンと。自分自身を守ろう、とメッセージを発信。
KOuKA「社会活動をともにすることでモデル同士、影響を与え合って」
profile
コウカ・ウェブ●ニューヨーク在住。イギリス人の父と日本人の母を持ち、12歳の頃よりモデルを始める。東京での生活を経て、17歳でニューヨークへ移住。今年ニューヨーク大学を卒業し、同大学院へ進学。臨床栄養学を専攻。
“モデル・マフィア”が自分の意識を変えてくれた
2017年、キャメロン・ラッセルによって設立されたファッションモデルの社会活動グループ「モデル・アクティビスト」、通称モデル・マフィア。現在200名以上が参加している。ニューヨーク大学院で臨床栄養学を専攻する学生でもあるコウカも、そのメンバーのひとりだ。
「モデルというのは、とても孤独な仕事。社会活動を通して、ほかのモデルたちと交流できるよい機会だと思い、同じ事務所に所属しているキャメロンに誘われてミーティングに参加しました。特に関心を持っているのが気候変動、食糧と環境の問題。このふたつはお互いに切っても切れない関係にあります。ワシントンやニューヨークで行われた気候変動に関するデモ行進に参加したり、メンバーとの定期的なミーティングでたくさんの刺激を受け、知識を深めています」
仕事のために、17歳で東京からニューヨークへと移り住んだコウカ。自身の体と食べるものについて細心の注意を払う必要性から、栄養学に興味を持つようになった。
「体型は保たなくてはいけないけれど、食べることが好きなので我慢はしたくない(笑)。ですから、身体的にも精神的にも健康を保つための栄養学は、モデルとしても非常に重要な学問だと思います。その上で、人間にとって健康的な食べ物は、地球環境にとってもやさしい食材であることについて、より多くの人に理解を深めてほしいと考え、食と気候変動の問題に取り組んでいます。ニューヨークに移住して、あらゆる食べ物がプラスチック容器やビニール素材の包装紙に包まれている現状を目のあたりにしました。食品業界における環境汚染やサステイナビリティの問題についても、もっと勉強をしていきたい」
モデル・マフィアでの活動に刺激を受け、食品を購入する際には、再生可能な容器を持参するなど、自身のライフスタイルも成長しているという。
「お互いがお互いにいい影響を与え合っていると思います。モデルは、ソーシャルメディア上で非常に大きな力を持っている。たくさんのフォロワーを抱えているからこそ、考えるきっかけを発信できる機会に恵まれていると思うんです」
ファッション業界が抱く問題にも関心を抱くようになった彼女。現在は、意見交換や文献から学ぶことで、この問題に取り組んでいる。
「私はファッションが大好きですが、購入するブランドについては、サステイナビリティやパーマカルチャーに対してどのように取り組んでいるか、生産従事者に正当な給与が支払われているかを必ずリサーチするようになりました。買い物に対する意識も変わりましたね。本当に欲しいものか、必要なものかどうかを吟味し、何年も着るように心掛けています。不要になった衣類を交換してリサイクルするモデル・マフィアのイベントにも参加しているんです。ファッション業界全体が、いっそう倫理的に環境や社会に配慮したサステイナブルな方向に進んでいくといいなと思います。大きなブランドが注意喚起することで、消費者個人個人が正しい選択をするようになれば理想的。声高に主張する必要はないかもしれませんが、こうした問題への取り組みは、個人の選択の意志によって可能になると信じています。たとえば、二酸化炭素排出量の問題が深刻化している動物性食品や、ファストファッション。ひとりひとりが意識して少しだけ量を減らしてみるだけでも、大きな効果が得られるのではないでしょうか」
左上 2018年の冬にNYで行われた女性の権利問題を喚起するデモ行進にて。
右上 NYのデモに参加した際にはプラカードも手作りした。
左下 ワシントンDCで行われたデモ。気候変動に関する活動の一環として参加。
右下 海洋プラスチック廃棄物や温室効果ガス、二酸化炭素排出量の削減など環境汚染に関する問題について主張。