新しいギャラリーも続々とオープンし、盛り上がりを見せる韓国のアートシーン。その中心にいるキュレーターとアートディレクターの二人が、ソウルで行くべきスポットや見るべき作品を語る
現代アートのキュレーターとして活躍し、サムスングループのリウム美術館にも在籍。館外でもさまざまなアーティストと企画を展開している
老舗のインディペンデントギャラリー、FACTORY2を主宰。公共アートを含めた多くの企画を手がけ、韓国のアート界を長年けん引してきた
MZ世代がけん引する、韓国のアート界
──昨年には国際的なアートフェア「フリーズ」がアジアで初めて開催。日本にいてもソウルのアートシーンの盛り上がりを感じます。
ホン・ボラ(以下、ボラ) 韓国は日本ほどキャリア形成のプロセスが確立されていないため、下積みを経ずとも新しいアーティストがスターになれる土壌があります。一過性の人気で終わることも多いのですが、常に変化に富んだ状況がシーン全体の盛り上がりにつながっています。
チュ・ソンア(以下、ソンア) 確かにそうですね。それからコロナ禍でほかのアジアの都市での活動が停滞した中、比較的規制の少なかった韓国に世界からの注目が集まったことも関係しているのではないでしょうか。同時期にSNSの影響も高まり、最近はデビュー間もない作家が多く活躍している印象です。
ボラ 作家はもちろん、コレクターにも若者が増えましたね! 数年前からスタートした「ザ・プレビュー」というアートフェアがあるのですが、作家も来場者もMZ世代が中心で、非常に盛り上がっていました。彼らは観て、買って、SNSにシェアするものがアイデンティティとなる世代なのでアートの購入にも積極的。
ソンア 自己表現の手段のひとつとしてアートとの関わりがありますね。MZ世代の強い関心が、業界全体の盛り上がりをけん引していることは間違いないと思います。
──中でも特に注目のコミュニティやアーティストはいますか?
ボラ ソンアさんが主宰するBGAは面白いですね!
ソンア ありがとうございます。バックグラウンドアートワークスの略で、2017年に仲間と始めたアートのサブスクリプションサービスです。オンラインとオフラインの両方向から提供をし、コロナ禍の自粛ムードの中でもアートを楽しみたい需要と合致して利用者が増えました。オフラインでの初めての展示はボラディレクターが運営するギャラリーFACTORY2で行いましたが、現在は市庁駅に運営スペースがあります。倉庫から好きな作品を選び、作家自ら解説する音声を聞いたり、購入することも可能です。
ボラ とてもいいサービスですよね。以前は大手の画廊がアート界の中心を担っていましたが、最近は小規模で作家やキュレーターの感性を身近に感じられるコミュニティやスペースに注目が集まっています。BGAのほかには乙支路のN\A(写真3)が代表的。展示を行うのも専業作家ではなく、版画もテキスタイルも音楽もやるような、横断的に活躍する作家が増えている。N\Aでもチェ・ギョンジュといったマルチアーティストの展示が開催されてきました。
三清洞、北村のほか、漢南洞エリアが熱い!
──ほかにも旅行客におすすめのエリアやスポットはありますか?
ソンア 私は鍾路区にあるプライマリープラクティスをおすすめしたいです。昨年オープンしたギャラリーで、運営するのはキム・ソンウというキュレーター。彼は光州ビエンナーレやフリーズなど大型のアートイベントにも携わっていて、その人脈と企画力を活かして、興味深い展示を展開しています。
ボラ エリアで言えばまずは三清洞や北村、老舗から新鋭までさまざまなアートスポットが点在しています。ほかには漢南洞エリアもいいですよね。
ソンア そうですね! リウム美術館には一度は訪れてほしい。モダンアートと伝統美術が共存する韓国が世界に誇ることができる美術館だと思っています。
ボラ 近隣に外資系の大手ギャラリーのFOUNDRY SEOUL(※1)やペースギャラリー(※2)がある。すべてリウム美術館から訪れやすいルート上にあるので、無理なく散策できると思います。その際はトーマスパークギャラリー(写真6)にもぜひ足を運んでほしいですね。友人のエッセイストであり翻訳家のパク・サンミが運営しています。彼女の審美眼は素晴らしいので素敵な体験ができるはず! 雑居ビルの4階にある、隠れ家のようなロケーションも面白いですよ。
ソンア もしソウルから少し足を延ばすことができるなら1時間ほどの距離にあるホアム美術館(※3)にもぜひ。アートと一緒に美しい庭園を楽しむこともできる場所で、リウム美術館から平日2本のシャトルバスが運行されています。
※1 梨泰院の通りに面したビルの地下1階と2階にある2021年にオープンしたギャラリー。昨年のSPUR11月号でも紹介。
※2 世界的なメガギャラリー。現在はソウルのほか7都市で展開。
※3 ソウルから南に約40㎞の京畿道龍仁市にある美術館。
時を経て評価が上がる国内の女性作家たち
──美術館やギャラリーのほか韓国のアーティストへの関心も高まっています。キム・ファンギやユン・ヒョングンはすでに日本のアート好きの中でも知名度が高いですが、ほかにも知っておくべき作家を教えてください。
ボラ 画家のイ・ソンジャです。彼女が活動を始めたのは美術界がまだ男性優位だった50年代。そのためこれまで正当な評価をされてこなかったのですが、最近になってロンドンのテート・モダンで展示されるなど脚光を浴びています。豊かな感性で描く抽象画は、ぜひ一度触れてみてほしいですね。
ソンア 最近はあまり日の目を見なかった女性アーティストをフィーチャーする流れがありますよね。私が紹介したいのは、チェ・ウッキョン。キム・ファンギと同時代の作家ですが、彼女も最近になって再評価の流れがある。モダンな作風が、現代の若者にも支持されています。
さまざまな形で発信されるソウルのアート情報
──今回はお二方に注目のスポットや作家を教えていただきましたが、今後日本の読者がソウルのアート情報をゲットするために、参考にできるメディアはないでしょうか?
ソンア 「ソウルアートフレンド」(※4)というインスタグラムアカウントはどうでしょう。2011年からソウルに暮らすアンディ・セイントルイスという批評家が運営しているのですが、ニュートラルな視点でモダンアートを紹介しています。それからローカルなアート好きはみんなウトゥギのアカウント(※5)をチェックしていますね。
ボラ ウトゥギは欠かせないですね。ソウルで開催されるほぼすべての展覧会に足を運びレポートをしていて、その影響力は絶大。業界関係者も注目をしています。同じく個人のアカウントですが、ミュージアムビジター(※6)もフォローしておくと参考になると思います。
──日本ではBTSのRMのアカウントから情報を得る若者も多いです。
ソンア 彼は美術界のキーマンになりつつあります。紹介する展覧会や美術館には、多くの人が訪れますから。アート初心者の方にとって親しみやすい情報も多い印象です。
ボラ 真新しさや奇抜さよりも、スタンダードで歴史ある作品やアーティストを意識的に紹介しているように思います。それで昔の作家に注目する若者も増えている。非常に勉強熱心ですし、これまでアートに親しむ機会がなかった人たちにもいい影響を与えていると思います。
※4 モダンアートを紹介するインスタグラムアカウント(@seoulartfriend)。ウェブサイトも運営。
※5 展覧会情報を発信するインスタグラムアカウント(@oottoogi)。運用者のプロフィールは、文化関連企業の会社員であること以外、明かされていない。p.15でおすすめのスポットを紹介してくれている。
※6 訪れた展覧会を記録しているインスタグラムアカウント(@museum_visitor)。ウェブサイトにはアートにまつわるコラムも掲載。