「コンビニ人間」 #10

恋愛も就職もしたことがない、それってそんなに異常ですか?

あ、私、異物になっている。ぼんやりと私は思った。
店を辞めさせられた白羽さんの姿が浮かぶ。次は私の番なのだろうか。
正常な世界はとても強引だから、異物は静かに削除される。まっとうでない人間は処理されていく。
そうか、だから治らなくてはならないんだ。治らないと、正常な人達に削除されるんだ。
家族がどうしてあんなに私を治そうとしてくれているのか、やっとわかったような気がした。



このコーナー初の芥川賞受賞作品の紹介です。村田沙耶香さんは、これまでほぼすべての作品で、性別や立場によって求められる「普通」に対する違和感を描いてきた作家、と言ってもいいかもしれません。私個人の印象では『しろいろの街の、その骨の体温の』で、それまでの繊細な作風の集大成が行われ、ビッグバンが起きた感があり、そのむちゃくちゃエモーショナルな作品のあとに出たのが、「10人産めば1人殺してもいい」という制度のある世界を描いた『殺人出産』。明らかにここに転機があって、村田さんは次に『消滅世界』という長編で、みんなが信じている「普通」の愛情や出産、男女の役割分担について、それがただ強固に信じられているだけで実はとても脆いものなのではないかということを描き出してしまった。世界をひっくり返すような小説だと思った。

『コンビニ人間』は、価値観としてはそれらの作品と地続きのものである。というか、書き続けてきたからこそよりシャープに、焦点を絞って「異常」と「普通」の対比を描き出すことができた作品だ。
主人公の古倉恵子は36歳で、コンビニでバイトをして18年になる。「普通」の感情がわからない彼女は、マニュアル通り、コンビニの店員らしい振る舞いをしていればいい時間だけ、「普通」になれる。それ以外の場所での「普通の36歳」の振る舞いが、彼女にはわからない。
だから同じコンビニでバイトしている30代女性のロッカーを漁って、服やバッグのブランドを調べ、化粧ポーチを開けて「これが30代の普通なのか」ということを学習し、それを参考に30代らしい服装をしている。でも、36歳で一度も就職せず、結婚もせずコンビニでバイトをしているという事実を、周りがだんだん受け入れてくれなくなっていく。

彼女は「異常」だろうか? 彼女自身は満足しているのに、それでは駄目なのだろうか? 常に何者かを断罪し続ける「普通」という暴力はいったい、何なのだろうか。
ということが、ものすごく淡々としすぎていて、ときに笑えてしまうほどの客観性をもって描かれている。まるでブラックユーモアのように読める箇所もある。
芥川賞をきっかけに、そんな村田沙耶香さんの作品世界に触れてみてほしい。

「コンビニ人間」(村田沙耶香/文藝春秋)

雨宮まみプロフィール画像
雨宮まみ

ライター。『女子をこじらせて』(ポット出版)で書籍デビュー。以後、エッセ イを中心にカルチャー系の分野でも執筆。近著に『東京を生きる』(大和書 房)、『自信のない部屋へようこそ』(ワニブックス)がある。

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