「れもん、うむもん! ーそして、ママになるー」#4

出産は命がけだから、特に初めての人にとって、恐ろしくて不安なのは当たり前なんだけど、暗黙のうちに飛んでくる『皆やってるんだから大丈夫でしょう』『この幸せな時にグチを言うなんて』『自分のことより子供のことでしょ』というような言葉に追い詰められて、ひたすらに押し黙って1人で耐えている、そういう産婦さんが本当に多いんだと思うのです。だけど本当は『みんな辛いんだから』ってことと自分自身の辛さは何の関係もない

(※コミックエッセイからの引用のため、読みやすいよう筆者の判断で句読点を入れています)

はるな檸檬さん、といえば、宝塚のことを描かれた『ZUCCA×ZUCA』が代表作で、「ヅカオタの人」という認識の人も多いと思う。確かにヅカオタとしてのはるなさんのパワーはすごい……けれど、マンガ家としてのはるな檸檬の本質は、そこではない。

宝塚という熱烈なファンがついているジャンルについて、誰の気持ちも傷つけずに、ただ楽しさをベースに面白いマンガを描く、というのがどれだけ難しいことか。そしてその難しいことを、はるな檸檬は誰も気づかないくらい軽やかな手つきで、丁寧にやってのけているか。読んでいると、盛り上がっている部分はむちゃくちゃ面白いけれど、その裏側に綿密で繊細な配慮があることに気づかされる。

今作の前に発売された、はるな氏の読書体験を描いた『れもん、よむもん!』でも、その感性の繊細さ、なんとも名付けようのない感情を解きほぐすように描く手つきのすごさは遺憾なく発揮されており、多くの本好きに高い評価を受けていた。その本を読んだときの自分の記憶が生々しく蘇ってくるような新鮮さがあり、深さがあり、もともとあったに違いないはるな氏の感性がはっきりと表現された重要な作品となった。

そのはるな氏が今回扱うのは、「出産」である。この非常にデリケートなテーマを、はるな氏はいつも通り、いやいつも以上に、絶対に誰も傷つけないように全方位に安全マットを敷くくらいの気配りを持って、なお、自分の身に起きたシリアスでこっけいなドタバタを容赦なく描いている。

棘のないもの、毒のないものは面白くない、というような定説があるが、はるな氏のマンガを読んでいると、そんなのは嘘だと、拳で机をドンドン叩くような気持ちで思う。棘なんか、毒なんかに頼らなくても、人の心に寄り添って、自分の気持ちのバカで間抜けなところをさらけ出して、そのことで誰かを救うような、大きなことができるんだよ!と思う。

その大きなことに比べたら、棘や毒なんか、なんの役に立つの!? と思ってしまう。この本の根底にあるのは、「誰も自分と同じような苦しみを経験して欲しくない。けれど、出産に必ず苦しい局面はある。そういうとき、誰にもその気持ちをうまく言えないとき、この本がほんの少しでも、助けになってくれれば」という、大きな「優しさ」である。

高い志と、リアルな実体験が混じり合い、説得力のある面白い本に仕上がっている。このテーマを、このテンションできちっとまとめあげる腕の良さが、はるな氏のすごさだ。

「幸せそう」に見られ、「幸せ」でいなければいけないはずなのに、と思いながら、初めての不安なことばかり起きる妊婦生活の孤独に寄り添う、世の中のために大事な一冊。妊娠していても、していなくても、そうした経験とは関係なく、読み物としてずっしり読み応えを与えてくれる、間違いのない一冊だ。

「れもん、うむもん! ーそして、ママになるー」(はるな檸檬著/新潮社)

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