ワンカットで、ベルリンの夜を感じる『ヴィクトリア』



なんにも起きないような映画が好きです。何人かがうだうだしながらしゃべって、冗談言って、議論して。エリック・ロメールらのフランス映画も、ティーンムービーも、そこが魅力ですよね。リチャード・リンクレーター監督作『Dazed & Confused』(93年、邦題はなぜか『バッド・チューニング』)が私のオール・タイム・フェイヴァリットなのも、高校生たちの何も起きないようでいて、ずっと記憶に残るような一夜のうだうだが楽しすぎるから。振り返るとよくわかりますが、「何も起きない」って、幸せな時間のことなのです。

と思ったのも、ドイツ映画『ヴィクトリア』の前半がまさにそういう場面だったから。でもこの映画、一番の売りは宣伝文句にもなっている「全編140分ワンカットの衝撃」です。ジャンルも「何も起きない」からは程遠いクライム・サスペンス。確かに脚本じゃなく動きと流れだけ決めて即興でセリフを交わし、撮影中のハプニングまで取り込みながらベルリンの街をカメラが移動するさまは一見の価値あり。できすぎていて最初はワンカットと言っても信じてもらえず、映画祭に出品しようとしても断られていたそうです。

でも、実はその仕掛けだけじゃないところがいい。話はスペインから引っ越してきた女の子、ヴィクトリアがクラブで地元の男たちと知り合い、特にその中の一人と気が合って付き合ううちに、危険な出来事に巻き込まれる――というもの。つまり後半は確かに犯罪ものなのですが、前半はベルリンの夜、ヴィクトリアがふと出会った人と別れがたくて一緒にいる場面が延々続くのです。それがあるからこそ、あとで彼女が信じられないような決断を下してもついていける。

やはりベルリンの街の撮影とトリッキーな構成が話題になった『ラン・ローラ・ラン』(98年)も、恋人たちの親密なシーンが挟まれていたからこそ感情が高まった映画でした。『ヴィクトリア』もワンカットというアイデアで、普段の生活の「退屈」や「孤独」が一瞬にして自滅的な引き金を引いてしまう、その反転を切れ目なく見せたかったんだと思います。

まあでも、ほんとは犯罪とか起きない映画のほうが好みです。ちなみに海外ではいま『Dazed & Confused』の続編のようなリンクレーターの新作『Everybody Wants Some!!』が公開されていて……ああ、早く見たい! 面白そう! 日本では夏に先行上映、秋に公開です。



『ヴィクトリア』
監督/ゼバスチャン・シッパー
出演/ライア・コスタ
5月7日、シアター・イメージフォーラムほか全国順次公開



『Everybody Wants Some!!』
監督・脚本/リチャード・リンクレーター
出演/ブレイク・ジェナー
映画ライター 萩原麻理プロフィール画像
映画ライター 萩原麻理

本誌で映画のレビューを手がける。ライター、エディター、翻訳もこなす。趣味は散歩と、猫と遊ぶこと、フットボールを見ること。