『ハート・オブ・ドッグ』が つづる、愛犬への深い思い

音楽やパフォーマンス・アートで知られるローリー・アンダーソンの逸話で好きなのは、何もないイリノイ州の田舎で育った少女時代にずっと空を見ていて、それが彼女の自由な想像力の起点になった――というものです。ローリーによる映像とドローイングと朗読のヴィジュアル・エッセイ『ハート・オブ・ドッグ』の序盤にもその話が出てきて、嬉しくなりました。

ただその青い空は、いつか彼女が住んでいるNYの9.11後の空に変わり、その後一時避難した北カリフォルニアの空へと移っていきます。そこで彼女と彼女の犬、ラット・テリアのロラベルは美しい自然のなかの散策を楽しむのですが、あるときロラベルは空を舞っている鷹が自分を捕食しようとしているのに気づきます。驚き、戸惑い、恐れ――それを知ったあとのロラベルはもう元には戻りません。

そんなふうにローリー・アンダーソンの観察とさまざまな思いはうつろい、つながり、日常と記憶を行き来しながらストーリーとして語られていきます。ただロラベルの死についての作品として始まった『ハート・オブ・ドッグ』は、ロラベルが老い、病み、亡くなり――愛するものの死を描くところで感情的な深みに達します。盲目になったロラベルの反応、その最期を看取るローリーの迷い。感傷的ではないシンプルな言葉が、ローリーの苦しみとそこで気づいたことを淡々と語っていきます。私も今年猫を亡くしたのですが、そのあとずっと頭から離れなかったことについて、初めて誰かと話せたような気持ちになりました。

本作の製作中、ローリー・アンダーソンはパートナーのルー・リードを亡くし、映画を彼に捧げています。それについては何も触れられていませんが、ロラベルのときとは違う形でルー・リードの死を受け止められたのではないでしょうか。時間は巻き戻せないし、自分も元には戻らない。でもそこには意味がある。そう思えるような、心に残る作品でした。




『ハート・オブ・ドッグ 犬が教えてくれた人生の練習』
監督・脚本・音楽/ローリー・アンダーソン
10月22日、シアター・イメージフォーラム他全国順次公開
©2015 Canal Street Communications, Inc.

映画ライター 萩原麻理プロフィール画像
映画ライター 萩原麻理

本誌で映画のレビューを手がける。ライター、エディター、翻訳もこなす。趣味は散歩と、猫と遊ぶこと、フットボールを見ること。

 

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