『アデル、ブルーは熱い色』(2013)を観たとき、とても激しい恋愛映画のなかで、教師としての主人公が描かれているのが心に残りました。ひとつの恋が終わり、ぼろぼろになっているときもアデルは出勤して子どもたちと向かい合う。働く女性にとっては当たり前のことだけれど、ひとりで泣いているアデルの姿を映すより、ずっと彼女の痛みが伝わってくる気がしました。
そんなことを思い出したのは、もうひとりのアデルが主人公の『午後8時の訪問者』を観たから。映画としてはまったく違いますが、アデル・エデル演じるジェニーは最初から最後まで、あくまで医師として描かれるのです。診療時間を過ぎた8時に鳴ったドアベルを無視したジェニーは、翌日、近くで身元不明の少女の遺体が発見されたことを聞きます。ベルを鳴らしたのがその少女と知ったジェニーはいてもたってもいられず、彼女について知ろうとする。物語はダルデンヌ兄弟の映画としては新しいサスペンス・タッチで進んでいきます。
とはいえ、ジェニーが手がかりを得るのは患者を診る、相手の話を聞く――という医師的な行為から。そして事件を解決するという結果ではなく、そのプロセスから、ジェニーはさらに深く「自分のあり方」を見つけることになります。ヨーロッパの社会的背景やミステリの要素も織り込まれながら、何よりその強くまっすぐな自己実現の過程に惹きつけられてしまう。
いつも同じチェックのコートを着て、往診に出かけるジェニー。でも映画の初めと終わりでは医師としての矜持も能力も違います。仕事はただ稼ぐためでも、やりたいことをやるだけでもなく、他の人の役にたつことで自分を作るもの。そんなことを改めて感じた作品でした。
『午後8時の訪問者』
監督・脚本/ジャン・ピエール&リュック・ダルデンヌ
出演/アデル・エネル、オリヴィエ・ボノー、ジェレミー・レニエ
4月8日より、ヒューマントラストシネマ有楽町、新宿武蔵野館ほか全国順次公開
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本誌で映画のレビューを手がける。ライター、エディター、翻訳もこなす。趣味は散歩と、猫と遊ぶこと、フットボールを見ること。