最初は、ゴージャスな世界を舞台にしたドタバタ・コメディなのかな、と思っていました。でも最後にはちょっと泣いて、すっきりした解放感を感じました。それはたぶんこの映画が、女性が何かを捨て、何かを得るまでを描いているから。しかも笑っちゃう場面の数々は、どれもシビアな格差社会で起きることを描いている。フランスの小説家、アマンダ・ステールによる映画は、かなり高度なことをやろうとしています。
舞台はパリ、出てくるのは裕福で優雅な人々。ただどんなに満たされた環境にいても、人はいつも別のものを求めています。素敵なドレスや豪華な屋敷に囲まれ、高級レストランやホテルに通うセレブでも、心の中に不満を抱えていて、それが行動に表れる。日本では同時期に公開されるホラー映画『へレディタリー』でとんでもなく恐ろしい役を演じているトニ・コレットは、ここではマダムのアン役。彼女は結婚生活がうまくいかず、そのせいもあってか周りをコントロールしないと気が済みません。で、自分がホステスとなるパーティで頭数を合わせるため、メイドのマリアに客のふりをさせるのです。マリアを演じるのはアルモドバル作品でおなじみのロッシ・デ・パルマ。その「嘘」から、勘違いな恋のから騒ぎが始まります。
気さくなマリアに惹かれるのはイギリス人美術商。一方、アンも洒脱なフランス人から不倫の誘いをかけられます。アンの夫にも別の思惑が。一人ひとりが目の前のことにかまけていて、それぞれに目的が違うゲームが繰り広げられる。それが笑えて、同時に痛みも引き起こします。私が特につらく感じたのは、上流階級にとってメイドのような職業の人たちは見えない、透明な存在だということ。でもそれはセレブに限らず、誰でもやってしまっていることかもしれない。きっと本当の品位はマナーや話術なんかより、どれだけ相手のことをリスペクトできるかから生まれるのだと思います。そして女性の自尊心には、つねに孤独という代償がついてまわる、ということも描かれる。豪華で美しく、ほろ苦いコメディでした。
『マダムのおかしな晩餐会』
監督・原作・脚本/アマンダ・ステール
出演/トニ・コレット、ハーヴェイ・カイテル、ロッシ・デ・パルマ
11月30日、TOHOシネマズ シャンテほか全国公開
本誌で映画のレビューを手がける。ライター、エディター、翻訳もこなす。趣味は散歩と、猫と遊ぶこと、フットボールを見ること。