マレーシア映画、青春映画の宝石! 『細い目』が15年のときを経て公開



『細い目』はマレーシアのヤスミン・アフマド監督の第二作、2004年の映画です。私が彼女の作品を初めて見たのは、亡くなる前の最後の長編となった『タレンタイム〜優しい歌』(2009)。そう、『細い目』はヤスミン・アフマド没後10周年を記念して全国で劇場公開されるのです。ずっと彼女の映画を愛しつづけてきたファン、そして公開に漕ぎ着けた配給会社の努力にも心打たれます。

そんな『細い目』は、本当にみずみずしくてキラキラした青春映画。何より、シャリファ・アマニが演じる少女、オーキッドが輝いています。最初に出てくる彼女はヒジャブをつけ、コーランを読んでいる。でもトントンと部屋に駆け込んでタンスのドアを開くと、そこに貼られているたくさんの写真は、なんと金城武! それだけでグッと身近になって、嬉しくなってしまいます。ムスリムのマレー人である彼女は、金城武出演作の海賊版をマーケットの屋台で買おうとして、華人の少年ジェイソンと知り合います。

その二人がだんだんと距離を縮め、ファストフード店でデートし、バス停で雨宿りする。するともう、それは最高にロマンチックな時間。でも同時に、二人の周りには多民族国家マレーシアの複雑な社会事情があり、差別や暴力もあり、この2019年に見るほうが切実かもしれない、人々を分断するイシューが描かれます。けれど二人にはそれをはね返し、乗り越えようとする力があるし、周りの大人たちも含め、みんなに優しさがある。そこに泣いてしまいます。


ヤフマド監督がここで「初恋」を描こうとしたのは、人は初めて恋をするとき、何の条件も前提もなく、相手のすべてを好きになってしまうから――なのかも。もちろん切なくつらい思いもするけれど、恋する二人は自分と違うものを一生懸命理解し、繋がろうとする情熱を持っています。その情熱は、もしかすると恋だけじゃなく、異国の本を読んだり、映画スターを好きになったり、ポップ・ソングに夢中になる気持ちとも似ているかもしれない。それが知らない相手、見たこともない世界へのドアを開くのですから。

たぶんだからこそ、『細い目』では若者たちが香港映画の話をえんえんしたり、母親世代がテレビで中国のドラマをうっとり見ていたりする。他のカルチャーに開かれてるんですよね。私は久しぶりに、ピーター・チャンの『君さえいれば』(94)や『ラブソング』(97)が見たくなったりもしました。歌謡曲やポップ・ソングが散りばめられた、香港の恋愛映画。そんなこと言ったら、オーキッドには「あんな甘ったるいのが好きなの?」と笑われそうだけど。この純粋でチャーミングなヒロインを、ぜひ知ってください。

『細い目』
監督・脚本/ヤスミン・アフマド
出演/シャリファ・アマニ、ン・チューセン
10月11日、アップリンク吉祥寺、アップリンク渋谷ほか全国順次公開

映画ライター 萩原麻理プロフィール画像
映画ライター 萩原麻理

本誌で映画のレビューを手がける。ライター、エディター、翻訳もこなす。趣味は散歩と、猫と遊ぶこと、フットボールを見ること。

 

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