見たことのないセックス・シーンも! 強烈なダーク・ロマンス『ボーダー 二つの世界』

『ボーダー』は、今年見たなかでいちばん強烈な映画です。原作はヨン・アイヴィデ・リンドクヴィストによる短編。彼の小説は『ぼくのエリ 200歳の少女』(2008)でも映画化されています。この人は「スウェーデンのスティーヴン・キング」と呼ばれるだけあって、小さな町の生活に潜むホラー/ファンタジー/異世界を描く作家。でもそこにいまの社会の歪みや人々が感じている違和感が絶妙に反映されていて、吸血鬼や怪物、超自然が出てきても鋭いリアリティがあります。日常を不思議なアングルから切り開くような感覚。しかも映像化されるととてもロマンチックで、うっとりするようなシーンがある。

私が『ボーダー』でうっとりしたのは、主人公ティーナが動物たちと交流するシーン。彼女は森に分け入り、自然と一体化するときにだけ安らぎを感じるのです。というのも普段の世界では醜さのせいで、「自分は人と違う」とずっと思っている。ただティーナには恐れや嘘を「嗅ぎ分ける」特別な才能もあり、税関の仕事で重宝されています。そんなある日、税関を通ったのが怪しげな男ヴォーレ。彼と知り合ってから、ティーナが知らなかった世界のドアが開いていきます。



とにかくプロットは驚きの連続で、まったく予想外。海外評で「史上最高に奇妙なセックス・シーン」と呼ばれた場面もあって、次々に美しいもの、恐ろしいもの、グロテスクなものも出てきます。でもそれが物悲しく迫ってくるのは、物語がティーナの視点から離れないから。自分の外見やジェンダー、社会での役割に馴染めず、「ここには居場所がない」と感じる気持ち。それは自分のなかにもあるからこそ、どんどん引き込まれていきます。

ちなみにリンドクヴィストはモリッシーの大ファンで、彼の小説を読んでいると、他にも80年代あたりのイギリスのバンドや曲の歌詞が頻繁に出てきて、楽しめます。スミスやピンク・フロイド、デペッシュ・モード。陰鬱でロマンチックな感覚、さびしいのに親密な雰囲気は、そうした音楽とも共通しているのかも。『ボーダー』はタイトル通り、すべての境界を超えていくような映画です。

『ボーダー 二つの世界』
監督/アリ・アッバシ
脚本/アリ・アッバシ、イサベッラ・エークルーヴ、ヨン・アイヴィデ・リンドクヴィスト
出演/エヴァ・メランデル、エーロ・ミロノフ
10月11日、全国ロードショー

映画ライター 萩原麻理プロフィール画像
映画ライター 萩原麻理

本誌で映画のレビューを手がける。ライター、エディター、翻訳もこなす。趣味は散歩と、猫と遊ぶこと、フットボールを見ること。

 

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