初めて見る、スポーツ界の衝撃の舞台裏。『オーバー・ザ・リミット』

©Telemark, 2018

次々に各大会やコンペティションが延期/キャンセルされる毎日が続きます。スポーツ・ファンはどの競技であれ、ちょっと元気をなくしてますよね。再開のめどが立たないだけでなく、競技の規模が大きければ大きいほど、構造としてサステイナブルではないことにも気づくはず。ギチギチに詰め込まれたスケジュール、グローバルな巨額投資。一旦急停止したせいで、それによる問題が表面化しています。今後はファンだからこそ、オリンピックをはじめスポーツの政治的、経済的側面に注意を払わなくては、と思ったりもします。

『オーバー・ザ・リミット』はそれとも関わる側面を切り取り、考えさせるスポーツ・ドキュメンタリー。カメラが追うのはロシアの新体操の女王、リタことマルガリータ・マムーンです。リオ五輪に向けて彼女が特訓を受け、徹底的にしごかれる日々が映される。キツいだけでなく、リタは家族や恋人との時間も犠牲にしています。それもこれも、「オリンピックの金メダル」にとてつもない価値があるから。彼女個人の情熱だけでは片づけられません。

特に怖いのがコーチからの心理的圧迫。いじめを受けた人などが見るとフラッシュバックしてしまうのでは、と心配になるくらい、リタにはひどい言葉が投げられ、追い詰められていく。こんなことまで我慢しないといけないの? 「アスリートである前に人である」ではなく、そこでは「あなたは人じゃない、アスリートなの」です。華麗で美しいパフォーマンスの裏で、こんなことが起きていたとは!

もちろん、いまはアスリートのメンタル・ヘルスも重視され、これは古いやり方のはず(であってほしい)。でも同じような価値観の弊害って、きっと普段の生活でもありますよね。本当は、人はリラックスしてハッピーなときにこそ能力を最大に発揮できるのに。海外では『セッション』(14)や『ブラック・スワン』(10)とも比較された本作。そういう強迫的なパフォーマンスはフィクションのなかだけでいい! 再開時に見たいのはもっと伸び伸びとした、楽しげなアスリートたちの妙技なのですから。

『オーバー・ザ・リミット 新体操の女王マムーンの軌跡』
監督/マルタ・プルス
出演/マルガリータ・マムーン、イリーナ・ヴィネル、アミーナ・ザリポア
4月10日より、ヒューマントラストシネマ渋谷、新宿ピカデリー他、全国ロードショー

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映画ライター 萩原麻理

本誌で映画のレビューを手がける。ライター、エディター、翻訳もこなす。趣味は散歩と、猫と遊ぶこと、フットボールを見ること。

 

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