もろもろの海外大作がすべて延期となり、どうやら2020年内の派手な劇場公開作は『TENET テネット』だけになりそう。ただ『TENET テネット』を映画館で観て改めて思ったのですが、音響や画面だけでなく、やっぱり体験を共有するのに価値があるんですよね。どこの誰とも知らない人たちと一緒に、「あれは何?」「ええー?」「すごい!」と思うことの貴重さ。人の気持ちになってみること=エンパシーはきっと、そんなところから生まれるのです。
今年の春から延期になり、いま公開中の『フェアウェル』もまさにそれがテーマの一つとなっている一作。物語はチャイニーズ・アメリカンであるルル・ワン監督の実体験だそうです(実の大叔母も本人役で出演!)。がんに冒された祖母と会うため、親戚一同が即席の結婚式を中国で開き、祖母にはそれを告げないまま、ともに時間を過ごす。アメリカ育ちの主人公、ビリーはその「嘘」に納得がいかないけれど、家族の思いも否定できない。そのドタバタがむしろ控えめなユーモアで綴られていきます。
ここでは中国、アメリカ、日本とさまざまな場所に分散して暮らす一家のカルチャー・ギャップ、世代のギャップが描かれていますが、たぶんいまはもうどんな家族でも、その中に相入れない価値観があるはず。それを地域や国、社会に拡大すれば、問題はさらに深刻になっています。ビリーの家族でも、誰の言い分にも事情と「正しさ」があり、お互いモヤモヤするばかり。それでも、何かしらのエモーション、一つの目的を共有する瞬間はある。それが前に進む、生きていくことに繋がっていくのです。それは、「やっぱり家族っていいね」という安易さとも違う。そこにいまを感じます。
ルル・ワン監督がポッドキャストでこの体験を語った頃から、映画になったところが見たかったし、オークワフィナのキャスティングには膝を打ちました。興味がある方は、本人が語る顛末も聞いてみてください(https://www.thisamericanlife.org/585/in-defense-of-ignorance/act-one-7)。まさに人生は奇なり。大作ではなくても、ぜひ2020年に見てほしい一作です。
『フェアウェル』
監督/ルル・ワン
出演/オークワフィナ、チャオ・シュウチェン、ツィ・マー、ダイアナ・リン
全国公開中
本誌で映画のレビューを手がける。ライター、エディター、翻訳もこなす。趣味は散歩と、猫と遊ぶこと、フットボールを見ること。