初めて見る、初めて聞くストーリーがある。『マルジェラが語る“マルタン・マルジェラ”』

© 2019 Reiner Holzemer Film – RTBF – Aminata Productions
© 2019 Reiner Holzemer Film – RTBF – Aminata Productions

マルジェラが語る“マルタン・マルジェラ”』が公開直前! マルジェラが好きで、当時の熱狂を知っている人なら、このドキュメンタリーを見る前提はもうあるはず。そうでない人は、SPUR.jpの記事「改めて『メゾン・マルジェラ』学」を読んでみるのもいいかもしれません。さらに私のオススメは、2018年のドキュメンタリー『We Margiela マルジェラと私たち』をチェックすること。『マルジェラが語る“マルタン・マルジェラ”』で、このカリスマ的デザイナーの「語り」を初めて聞く意味が実感できます(彼は顔を見せず、声と手だけ登場するのです)。

他の新人デザイナーとともにベルギーのアントワープ王立芸術学院から飛びだし、1988年に初のコレクションを発表。以後公の場に出ることも、インタビューに答えることもなかったマルタン・マルジェラ。その匿名性をリスペクトする形で、『We Margiela』のほうは独創的なアプローチを取っています。個人名ではなくメゾンとして「マルジェラ」を名乗った人々に話を聞くことで、その集団にどんなダイナミクスがあり、それがどう変化していったのかがわかる仕組み。設立時から一緒に仕事をしていた人々の証言、特に亡くなった共同創始者のジェニー・メイレンスという女性の存在が、『We Margiela』を特別な映画にしている。

逆に、『マルジェラが語る“マルタン・マルジェラ”』がフォーカスするのは一人の天才。それはいかにも『ドリス・ヴァン・ノッテン ファブリックと花を愛する男』(2017)のライナー・ホルツェマー監督らしいオーソドックスなアプローチです。ファッション界のセレブや重鎮も出てきて、当時の衝撃と影響力を語る。もともとのマルジェラの精神には反するアプローチかもしれませんが、ただマルタン・マルジェラという人がどんな子ども時代を送ったのか、そのときどきで何を考えていたのか――本人が明らかにしていく物語はやはり新鮮で、聞き入ってしまう。

とはいえ、おそらくファンだったらもっとも訊きたかった「ジェニー・メイレンスとの関係」と「2008年に突然引退した理由」については少ししか触れられません。彼が饒舌になるのはそれぞれのコレクション、ピースの意図や制作過程。どこまでもアーティストなんですよね。そしてそのすごみ、切れ味がいちばん感じられるのが、この映画でのマルタン・マルジェラの最後の言葉。めちゃくちゃかっこよくて、びっくりしました。一つひとつの服や靴や香水がエモーショナルな意味を持って、「マイ・マルジェラ」というストーリーを紡ぐようなブランド――そんな側面をさらに増幅するような、二本のドキュメンタリーです。




マルジェラが語る“マルタン・マルジェラ”
監督/ライナー・ホルツェマー
出演/マルタン・マルジェラ、ジャン・ポール・ゴルチエ、カリーヌ・ロワトフェルド他
9月17日、渋谷ホワイトシネクイント、ヒューマントラストシネマ有楽町ほか全国順次公開

『ウィ・マルジェラ』
監督/メンナ・ラウラ・メイール
出演/ジェニー・メイレンス、ヴィッキー・ロディティス、グレース・フィッシャー他

映画ライター 萩原麻理プロフィール画像
映画ライター 萩原麻理

本誌で映画のレビューを手がける。ライター、エディター、翻訳もこなす。趣味は散歩と、猫と遊ぶこと、フットボールを見ること。